今昔物語　5.25　カメがサルに騙される話

　今は昔、インドの海のほとりに山があり、一匹のサルが木の実を食べて身を養っていた。その海の近くに二匹のカメの夫婦が住んでいた。
　妻のカメが、夫のカメに言った。「あたしは、あなたの子を宿しました。でも、お腹に病根があるので、子供が産めないのです。あなたが、薬となるものを食べさせてくれて、病気が治ればあなたの子を産めるのでけどね」
　夫が、「何が薬となるのだ」と尋ねると、妻は、「聞いたところによれば、サルの肝が、腹の薬としては一番だそうです」と言った。

　そこで、夫は岸へ行って、サルに会ってこう言った。「君のすみかには、あらゆる物が豊富にあるのか」
　サルは、「いつも汲々としているよ」と言った。するとカメが、「わたしのすみかの近くには、四季の木の実や草の実が絶えない広い林がある。君をそこに連れていって、飽きるほど食わせてやりたいがな」
　サルは、騙されているとも知らずに喜んで、「よし、行ってみよう」と言った。カメは、「それならば、さあ、どうぞ」と言って、サルを背に乗せて出発した。

　それからカメがこう言った。「お前は知らぬだろうがね、実はな、わたしの妻が身重になったのだ。しかし腹に病根があるので、『サルの肝が薬となる』と聞いたので、お前の肝を取ろうと騙して連れて来たのだ」
　するとサルが言った。「君は、まったく残念なことをしたものだ。正直に言ってくれればいいものを、君は、今まで聞いたことがないのかね、我々サルは、身体の中には肝はなく、木にかけておくんだよ。君があそこで話してくれていれば、私の肝も、他のサルの肝も、君に進呈したものを。たとえ、私を殺したとしても、身の中に肝がなければ何の役にもたたないだろうに、気の毒にな」
　するとカメはサルの言うことを真に受けて、「それならば、引き返すから、肝を持ってきてくれよ」と言った。サルは、「そんなことは、さっきの場所に行けば、わけないよ」と言った。

　そこでカメは、背中にサルを乗せて元の場所に引き返した。
　元の場所について、カメがサルを背から降ろすと、それと同時にサルは走り出して木の梢の遥か高いところへ登っていった。そして下を見下ろして、「カメよ、お前は馬鹿なやつだな。身から離れたる肝などあるか」と言った。するとカメは、「さては騙したのだな」と思ったが、どうすることもできずに、木の梢にいるサルをいまいましそうに見上げて、「サルよ、お前は馬鹿なやつだな。海の底に木の実などあるものか」と言って、海に入って行った。

　昔も獣はこのように浅墓であった。人も愚かな者は獣たちと同じである。と、語り伝えているということだ。

(現代語訳　Keigo Hayami)

今昔物語　5.25　亀、猿の為に謀らるる語　　(国東文磨・訳注　講談社学術文庫)

沙石集　8.5　学匠之蟻蹣之問答事　　註:(蹣は、虫編)

Type 91 家に心臓を置いてきた猿（猫）, TMI K544

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