都市伝説『ベッドの下』について 

都市伝説とは、世間に流布する噂話であり、それは実際にあった事柄から、まったくナンセンスな物語まで、ありとあらゆる"話"が含まれているようです。そういった都市伝説の中に、『ベッドの下』という話があります。


都市伝説 ベッドの下

 ある姉妹が、二人りそろってアパートへ帰宅した時、部屋に入って間もなく、ベッドのそばにカバンを置いた姉が突然、「アイスが食べたいからコンビニに行くよ」と言い出しました。 妹は疲れていたし、またすぐ出かけるのも嫌だったので反対したのですが姉はどうしても譲りません。妹は渋々ながら出かけることにしました。ところが家を出た姉は妹の手を握ったまま、コンビニとは逆方向に走り出しました。「ちょっと、お姉ちゃん。どこ行くの?」わけが分からずに尋ねる妹に姉はこう答えました。「ベッドの下に包丁を持った男がいるの。警察に行くのよ!」
 姉妹の通報で警察がかけつけ、無事男は逮捕されました。


この話には色々なバリエーションがあるようです。アパートではなく、ホテルの一室であったり、犯人に気づくのも、「鏡に犯人が映った」という風になっていたりと・・・。そしてこの話は、元々は、次のような昔話がベースになっているようです。


ベッドの下の泥棒

 若い娘が自分の部屋にいて、ベッドの下に泥棒が隠れているのに気づきました。娘は泥棒に気づかなかった振りをして、「髪でもとかしましょう」などと言いながら窓辺へ行って、髪を梳きながらこんなことを言いました。
「結婚ってそんなにすばらしいものかしら? きっと結婚したら、夫は毎晩居酒屋でくだをまき、酔っ払って帰ってくるのよ。そして、あたしの髪の毛を掴んで引っ張るんだわ。そしたらあたしはこう言うのよ、『助けて!』『助けて!』『助けて!』・・・」
 娘の声を聞きつけて、助けがやってきて、泥棒は捕まったそうです。(Type 956D参照)


 この話は、エストニア・リトアニア・ロシア・フランス・インド・などかなり広範囲に伝わっている昔話のようです。そして、日本の都市伝説もこれらの昔話の類話の一つと考えることができると思います。
 ところで、ベッドの下に隠れているのは、泥棒ばかりではないようです。


パンチャタントラ 4.7 おめでたい夫 
(パンチャタントラ 田中於莵弥・上村勝彦訳 大日本絵画 参照)

 ある所に一人の車大工が住んでいた。彼の妻は男好きで、評判の悪い女だった。そこで夫は妻の行状を調査しようとした。
 夫は明け方に起きて家から出て行った。妻の方は、彼が出発したのを知って、昼の過ぎるのを今か今かと待ちこがれた。それから、あるなじみの情夫の家へ行き、頼み込んだ。
「亭主はよその村へ行ってしまったわ。だから、皆が眠ってしまったら、私の家に来てちょうだい」と。
 一方、夫の車大工は森の中で昼を過ごし、夕方になった時、別の戸を通って家の中に入り、寝台の下にひっそりと隠れた。
 その間、情夫のデーヴァダッタは寝台のところにやって来て坐った。車大工は彼を見ると怒り心頭に発してこう考えた。
「立ち上がってこの男を殺してやろうか? それともたのしんで眠ってしまったところを二人とも殺してやろうか? だが待て。ひとまず妻がどんなことをするか見て、奴と何を話すか聞いてやろう」
 夫がそう思っていると、妻は家の戸をしっかりとしめて、寝台に乗った。ところが寝台に乗る時、彼女の足が車大工の体にさわった。そこで彼女は考えた。
「きっと夫が、私を試すためにここにいるに違いない。だから私は貞女のふりをしてやろう」と。
 彼女がこう考えていると、情夫のデーヴァダッタが彼女に触れようとした。すると彼女は合掌してこう言った。
「旦那様、どうか私の身体にさわらないで下さい。私は夫に忠実でとても貞淑な女ですから。さもないとあなたを呪って灰にしてしまいますよ」
 情夫はたずねた。
「そういうことなら何故、俺をここにつれ込んだのか?」
 彼女は答えた。
「ねえ、よく注意してお聞きなさい。私は今日の夕方、神様を拝むためにチャンディカー女神の神殿へ行きました。すると突然、空から声が聞こえたのです。----『わが娘よ、汝は私を献身的に信仰しているが、六ヶ月以内に、運命の定めにより汝は寡婦となってしまうのだ』。そこで私は申しました。----『女神様、あなた様はそこまで御存知なのですから、その対策を知っておられましょう。私の夫が百歳まで生きられるような何か方法がある筈です』。すると女神様は言われました。----『わが娘よ、有るには有るのだが、無いも同然です。その対策はあなた次第で(しかしあなたは承知しないでしょう)から』。それを聞いて私は申しました。----『女神様、私は命がけで何でもいたしますから、おっしゃって下さい』。すると女神様はおっしゃいました。----『もし他の男と一つ床に登って抱きあうならば、汝の夫にとりついた死はその男に乗り移るであろう。そして汝の夫はもう二百年間生きのびるであろう』。そこで私はあなたにお願いしたのです。ですからもし何かをおやりになりたいと思うのならやりなさい。神様の言葉は決して違うことはないと私は信じておりますけど」 
 愚かな車大工は、彼女の言葉を聞くと大喜びで寝台から出てきて、彼女に言った。
「貞潔な女よ、夫に忠実な女よ、家の喜びをもたらす女よ、でかした。俺は悪者の言葉により疑念を抱き、お前を試すため他の村へ行くと偽って、ひそかに寝台に隠れていたのだ。さあ、俺を抱いてくれ」
 彼はそう言って妻を抱きしめ、自負の肩にかつぎあげてから、情夫のデーヴァダッタに言った。
「やあ、旦那。お前さんがここに来たのは俺の行いがよかったからだ。お前さんのおかげで俺は今日、二百年もの寿命を得ることが出来た。そこでお前さんも俺を抱き俺の肩に乗ってくれ」
 彼はそう言うと、嫌がるデーヴァダッタを無理に抱きしめ肩に乗せてしまった。それから楽器の音にあわせて踊りながら、村中の家々の戸口を歩きまわった。


 パンチャタントラは、紀元1世紀--6世紀頃に書かれたとされていますので、随分と古い昔話です。もしかすると、先の都市伝説や昔話は、この話から派生したものかも知れません。
 更に、この類話に次のような話があります。


トリスタン・イズー物語 6 大松
(トリスタン・イズー物語 ベデイエ編 佐藤輝夫訳 岩波文庫 参照)

 魔法使いの助言によりマルク王は、妃のイズーと甥のトリスタンの密会の現場をおさえるために、大松の上で待っている。

 はたして魔法使いの言った通りであった。その夜は月が明るく美しかった。王は樹の枝に隠れたまま、自分の甥が柵を越えてやって来るのを見た。木の下まで来ると、トリスタンは、イズーに知らせるために木片を流れに投げ入れた。そして、泉の上にひょいと身をこごめたとたんに、水面に映る王の姿を認めた。ああ! しまった! 流れ行く木片を止める方法がもしあれば! いやいや、もう間にあわぬ。あちらの婦人部屋では、イズーがそれを待ち受けているのだ。
 彼女はやってくる。トリスタンは、じっとして、彼女のくるのを見つめている。木の上からは矢をつがう弓弦の音がひびいてくる。
 彼女はやってくる。「でも、どうしたというのであろう。なぜトリスタンさまは今宵にかぎってこちらへ迎えにはきて下さらないのか? だれか敵の姿でも見たのかしら。」そう彼女は考える。
 彼女は立ち止まって暗い木立を見回した。すると、突然、泉水に映る王の姿を月明かりに彼女も認めた。けれどうろたえて、松のほうを見上げたりなどはしなかった。
 彼女はいっそうトリスタンに近寄った。
 「トリスタンさま、あなたはまあ大それた方、今時分こんなところにわたしをお呼びよせになったりして! 一体いどんなお願いなのでございますか。わたしが妃になることができましたのも、みなあなたのおかげだと存じておりますればこそ、こうして参ったのでございます。」
 「お妃さま、王さまのお心がとけまするよう、あなたのお力におすがり申したいためだったのでございます。わたくしはこれまで幾度となくあなたをお呼びいたしましたが、あなたは一度もきては下さいませんでした。けれどもここにいるこの男を、可愛そうだと思し召して下さいませ! 王さまはわたくしを憎んでいらっしゃいます。しかしその分けがわたくしには分かりません。あなたにはたぶんお分かりでしょう。お妃さま、王さまのご寵愛を受けていらっしゃる親切なお妃さまを他にして、だれが王さまのお怒りをお鎮めすることができましょうか。」
 「トリスタンさま、あなたはまだご存知ないのでございますか、王さまはわたしたち二人を疑っておいでになるのですよ。王さまはわたしがよこしまな心であなたをお慕い申していると思し召していらっしゃいます。しかし神さまがご存知です。嘘だとならば、わたしの体を呪って下さいまし! 処女のままわたしをその腕に抱いて下さったそのお方をほかにして、ついぞほかの男のひとに心を許したことはないのです。」

・・・・・


 トリスタンとイズーはこのような機転をきかせた会話により、マルク王をうまく出し抜きます。都市伝説でも、「鏡に犯人が映る」という話があるようですが、これは「泉に映る」というモチーフと重なります。
 余談ですが、イズーは、「しかし神さまがご存知です。嘘だとならば、わたしの体を呪って下さいまし! 処女のままわたしをその腕に抱いて下さったそのお方をほかにして、ついぞほかの男のひとに心を許したことはないのです。」と言っているのですが、これは真実を語っているのです。というのも、イズーが処女を捧げた相手は、実はトリスタンその人であり、マルク王にそれがばれないようにと新婚の夜、イズーの召使が入れ替わってマルク王の相手をしているからです。
 この詭弁は、12章の『灼熱の裁き』で顕著に表れます。


トリスタン・イズー物語 12 灼熱の裁き
(トリスタン・イズー物語 ベデイエ編 佐藤輝夫訳 岩波文庫 参照)

 イズーは、身の潔白を明らかにするために、神明裁判を受けることになる。そこで、トリスタンの許へと使いが出され、「巡礼の姿に身をやつして、裁きの場所へと来るように」と伝えられる。

 裁きの日になると、マルク王やイズーやコーンウォールの諸侯たちは、白木が原に馬を乗りつけ、威儀を正して川岸に到着した。
 岸の上に陣取った人々の前では、腰に貝殻をぶらさげた一人の巡礼が、木の椀を捧げて、お鳥目を乞うていた。
 コーンウォールの舟はだんだん岸に近寄った。やがて岸に着こうとするとき、イズーはかたわらの騎士にたずねた。
 「あの泥水に着物の裾をぬらさずに、岸に上がるにはどうすればよいであろうか。渡し守でもちょっとわたしに手をかしてくれればよいが。」
 騎士の一人は巡礼に合図をした。
 「巡礼よ、水の中に下りてきてくれ、お妃さまをちょっと陸まで運んであげてもらいたいのだ。」
 巡礼は両腕に妃を抱いた。妃はそっとささやいた、「トリスタンさま!」と。そしてなおも声をひくめて、「砂の上に倒れて下さい。」
 岸まで着くと彼は故意によろめいて、妃を抱いたまま砂の上に倒れた。若侍や船頭は櫂や竿を振り上げて、憐れな乞食を追いかけた。
 「すてておおき、長旅で疲れきっているのであろう。」
 こういって、彼女は純金の留金をはずすと、それを巡礼に投げ与えた。
 それから、妃は神に祈願をこめながら、首環や、腕飾りを取り外して、そこにいる乞食たちに与えた。さらに上着も、胴着も、履物も、みな乞食たちに与えた。からだの上には袖のない肌着を一枚つけたまま、腕も足もあらわになった。聖体のすぐ近くでは燠が燃えている。震えながら彼女は、聖者の御骨の上に右手をさしだして、
 「わたくしはここなる聖者の御骨と世のすべての聖者のそれに誓って、ここにお誓い申します。およそ女人の腹から生まれた男子にして、わが主マルク王さまと、たったいまここに居並ぶみなさまのご面前にて倒れ臥しました、あの巡礼をほかにして、わたくしをその両の腕に抱いたものはござりませぬ。アーメン!」
 こういって、妃は烈火に近づいた。鉄は真っ赤に灼けていた。彼女は燠の中に両腕を差し込んで、鉄の棒を握り、それを持ったまま九歩あゆむと、それを投げすて、掌をあけて、腕を十字にひろげて立った。みれば彼女の掌は、梅の木の生梅よりも綺麗であった。
 このとき、すべての人々の胸の奥からは、神をたたえる感嘆の叫び声が天にむけてどっと上がった。


 中世のヨーロッパの倫理観を批判しても意味がありませんが、本当に神さまを崇めているのか、ちょっと首を傾げたくなります。実際このタイプの話は、笑い話のType 1418 に分類される話です。
 普通ならば、マルクス王・トリスタン・イズーの三角関係は、どたばた喜劇になるようなモチーフでいっぱいなのですが、どういうわけか三人とも気品に溢れているのです。


参考

都市伝説 ベッドの下。
Type 956D (formerly 959*) = K551.5 
ベッドの下の泥棒を見つけた娘はどうやって身を守ったか?
パンチャタントラ4.7 おめでたい夫
ヒトーパデーシャ3.6 妻に欺かれた車大工
カリーラとディムナ  妻に欺かれた指物師
トリスタン・イズー物語 6 大松
Cf.ラ・フォンテーヌの小話 殴られて喜んだコキュ

Type 1418 いかがわしい誓い
トリスタン・イズー物語 12 灼熱の裁き
Cf.Type961B 杖の中の金

2002/07/06

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