小波新お伽百話 三十一 馬盗人 (うまどろぼう)  

巌谷小波 博文館 大正5年   

 ある田舎 (いなか) 三 人兄弟 (さんにんきょうだい) の 百 (しょう) が ありまして、おもやいに一 (ぴき) (うま) () つて () りました。
  (ところ) が、 ある (とき) そ の (うま) を、何 者 (なにもの) かに (ぬす) まれたものですから、さア三 (にん) (さわ) () てまして、
 『忌々 (いま/\) し い (やつ) だ。全 体誰 (ぜんたいだれ) があの (うま) (ぬす) みやがつたろう?』
と、一 (しょ) (あつ) まつて評定 (ひょうじょう) しましたが、
 『どうもおれわ、 (ふと) つ た野郎 (やろう) 相 違 (そうい) ないと (おも) う。』
と、まづ一 (ばん) (あに) () いますと、 (つぎ) (あに) (くび) をひねりながら、
 『おれわまた其奴 (そいつ) () が、どうも () かアないかと (おも) う。』
と、 () いま すので、三番目 (ばんめ) も それにつれて、
 『おれわ (また) そ の野郎 (やろう) わ、 (なん) でも (ひげ) () やしてると (おも) う。』
と、各自思 (めい/\おも) い /\の (ねら) い をつけまして、そこでいよ/\馬盗人 (うまどろぼう) わ、
(ふと) つた、 (あか) () (ひげ) () えた (おとこ) ときめて、其奴 (そいつ) (つかま) えに () かけたのです。
 で、三 (にん) () (さら) (よう) にして、方々捜 (ほう/゛\さが) して () りますと、ある () ある (まち) で、丁度自分達 (ちょうどじぶんたち) (ねら) いをつけた (よう) な、 (ふと) つた、 (あか) () の、 (ひげ) のある (おとこ) 出会 (でく) わしましたから、  『やイ、この馬盗人 (うまどろぼう) め!』
と、 () いな がら (つかま) え ました。
  (おとこ) (おどろ) いて、
 『 (なに) () うんだ、お (まえ) さん (がた) わ! (わし) (うま) なんぞ (ぬす) みやしないよ。』
と、 () つて もなか/\ () き ません。
 『 (なん) で もお (まえ) (ぬす) んだに相違無 (そういな) い。ぐづ/゛\ () うなら此方 (こっち) () い!』
と、とう/\裁判所 (さいばんしょ) () れて () ました。
 裁判所 (さいばんしょ) 役人 (やくにん) わ、まづこの三 (にん) (むか) つて、
 『全体何 (ぜんたいど) う してお前達 (まえたち) わ、此 男 (このおとこ) (うま) (ぬす) んだと () うのだ?』
と、 () き ますと、兄弟 (きょうだい) (くち) (そろ) えて、
 『此野郎 (このやろう) 私 共 (わたくしども) 大 切 (たいせつ) (うま) を、 (ぬす) () したに相違御座 (そういござ) いません。その證 據 (しょうこ) にわ、此 奴 (こいつ) (ふと) つて () ります、 () (あこ) 御座 (ござ) います、 (ひげ) () えて () ります。』
と、これ (ばか) り を () () てヽ () ります。判事 (はんじ) (かんが) えて () りましたが、
 『よし、それでわ () つ て () れ!』
と、やがて (つぎ) (へや) () きましたが、少 時 (しばらく) する と、ハンケチにレモンを (ひと) (つゝ) んで、まるで (ふくろ) (よう) にして、三 (にん) (まえ) () () し、
 『さア、お前達 (まえたち) こ の (ふくろ) () ろ!、そしてこのを (ふくろ) (なか) に、 (なに) (はい) つてるか (あて) () ろ! 首尾好 (しゅびよ) (あて) るなら、馬盗 人 (うまどろぼう) 此 奴 (こいつ) () めて、その (うま) () えさせるか、 (うま) (だい) (はら) わせるが、 () 又中 (またなか) (あた) らなければ、此 男 (このおとこ) 無 罪 (むざい) として (ゆる) し、 (かわ) りに其方達 (そのほうたち) (にん) を、百宛笞 (づゝむち) () つてつかわす。』
と、 (きび) し く () (わた) しました。
 三 (にん) 兄 弟 (きょうだい) (ふくろ) () (かんが) えましたが、一 (ばん) (おとこ) が、まづ (くち) () つて、
 『これわたしかに (まる) (もの) 御座 (ござ) います。』
と、 () い ますと、 (つぎ) に 二番目 (ばんめ) が、
 『 (まる) け れば、屹度黄色 (きっときいろ) い もので御座 (ござ) い ます。』
と、 () う ので、三番目 (ばんめ) (ひざ) () つて、
 『 (まる) く て黄色 (きいろ) い・・・・・・ でわレモンで御座 (ござ) い ます。』
と、見事 (みごと) () てヽしまいました。
 『ウン、これわ感心 (かんしん) だ・・・・・・ でわその褒美 (ほうび) に、 これから其方達 (そのほうたち) 馳 走 (ちそう) してやる ものがある。』
と、又次 (またつぎ) (へや) えいつて、 (いそ) いで小犬 (こいぬ) (ころ) して、その (にく) 料理 (りょうり) (つく) つて、三 (にん) () べさせながら、
 『どうだ、この (にく) (なん) (にく) だか (わか) るか? それが (わか) れば馬盗人 (うまどろぼう) も、いよいよ此 男 (このおとこ) 相 違 (そうい) あるま い。』
と、 () い ましたら、 (あに) が まづ (あたま) (かたむ) けて、
 『さよう、・・・・・・これわよく () けまわる (やつ) (にく) ですな。』
  (なか) が それに () い で、
 『よく () (まわ) (やつ) ならば、 (また) よく () ぎまわる (やつ) でしよう。』
と、 () () について (すえ) (おとこ) が、
 『よく () (まわ) つて () (まわ) (やつ) なら、それわ小 犬 (こいぬ) (にく) 御座 (ござ) います。』
と、見事 (みごと) () () てヽしまいました。これにわ判 事 (はんじ) もつく /゛\感心 (かんしん) し て、その (おとこ) 調 (しら) べて () ましたら、 (あん) (じょう) (にん) (うま) わ、此奴 (こいつ) (ぬす) んで () つて () たのでしたから、そこでその馬 代 (うまだい) わ、 (のこ) らず三 (にん) (わた) させてしまいました。


註: おもやい= もやい 「共同」 というような意味。

2013/5/11

                       説話一覧


inserted by FC2 system