今昔物語 04.32 震旦(しんだん)の国王の前に阿竭陀薬(あかだやく)来る語

 震旦の国王に皇子があったが、その皇子は容姿美しく、気立ても優れていた。しかし、この皇子が病気にかかり、治る気配がなんかった。
 そのころ、大臣の任にある優れた医師がいた。ところが、国王はこの大臣と大変仲が悪かった。それでも皇子のためと思って、大臣を呼んだ。
 大臣は喜んで参上して、皇子を見るや、薬を用意するといっていったん退出し、即刻薬を持って参内した。国王はこの薬を手に取って見て、「この薬の名は何というぞ」と尋ねた。実を言えば、これは猛毒であったのだ。大臣は薬の名前を尋ねられ困り、ただなんとなく、「これは阿竭陀薬(あかだやく)と申します」と答えた。国王は阿竭陀薬と聞いて、「その薬を飲んだ者は死ぬことがないという。それを鼓に塗って打つと、その音を聞く者はすべて病気が治ると聞いている」と深く信じて、皇子に飲ませた。すると皇子の病気は立ちどころに平復した。

 大臣は家に帰っていて、「皇子はすぐに死んだだろう」と思っていると、即座に治ったと聞き驚いた。
 夜になって、国王の部屋の戸を叩く者がある。国王は怪しんで何者かと尋ねると、「阿竭陀薬が参上いたしました」と答える。国王が戸を開けてみると、美しい若い男女がいた。
 それが国王の前にひざまずき、「私は阿竭陀薬です。今日、大臣が持って来たのは毒でした。大臣は皇子様を殺そうとしたのですが、国王様が『この薬の名は何というぞ』と尋ねたので、大臣は出まかせに『これは阿竭陀薬です』と言ったのが、かすかに蓬莱に聞こえたので、私は、『阿竭陀薬を飲んだ者はたちまち死ぬのだ、などと思わせまい』と考え、自分がやって来て、毒の代わりに飲まれたのです。このことを申しあげようとやって参ったのです」と言うやいなや消えうせた。
 国王はこれを聞くと、大臣を呼んで問い質すと、大臣は一切を白状した。そこで大臣の首は斬られた。その後、皇子は病気におかされることなく、長く健康を保った。これは阿竭陀薬を服用したためである。

註: 震旦は、中国のこと。

 (現代語訳 Keigo Hayami)


参考:
古典落語『お神酒徳利』について

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