グリム童話 KHM98 何でも知っている医者

 むかし昔のこと、カニと呼ばれている貧しい農夫がいました。彼は、二頭の牛に木材を積んで町へと運んで行きまし た。そして、それを医者に2ターレルで売りました。医者が金を数えて支払っているとき、ちょうど、食事中だったの で、農夫は、医者の食べ物や飲み物が素晴らしいのを目にして、そんな生活が羨ましく、自分も医者であったならばとど んなによいかと思いました。

 農夫は、しばらくそこに突っ立ていましたが、意を決して、「自分も医者になれないでしょうか?」と医者に聞いて みました。
「ああ、なれるとも」医者が言いました。「すぐにでもなれるぞ」
「何をすればよいでしょうか?」農夫が尋ねました。
「まずはじめに、オンドリの絵が表紙にあるような、アイウエオの本を買えばよろしい。二番目に、荷馬車と二頭の牛を 金にかえ、衣裳や、その他、医者として相応しいものを手に入れるのだ。三番目は、『わたしは何でも知っている医者で ある』という看板を作って、ドアの上に釘で打ちつけることだ」

 農夫は、言われたことを全て行い、医者わ始めました。それから間もなくのこと、金持ちで力のある領主が、お金を 盗まれました。すると、この領主は、『どこそこの村には、何でも知っている医者がいるので、その医者ならば盗まれた 金の行方も知っているに違いない』 と教えられました。そこで、領主は、馬車を仕立てて、その村へと出掛けて行きま した。

「あなたが、何でも知っている医者ですか?」領主が尋ねました。
「はい。そうです」と農夫が答えました。
 すると領主が言いました。
「わたしと一緒に来て、盗まれた金を取り戻してください」
「わかりました。しかし、妻のグレーテも一緒でなければなりません」

 領主は喜んで、二人を馬車に乗せると、出掛けて行きました。一行が城へとやって来ると、食事の用意がされてお り、農夫のカニは、テーブルについて食事を召し上がれ、と勧められました。
「わかりました、でも、妻のグレーテも一緒でなければなりません」彼はそう言って、妻と一緒にテーブルにつきまし た。

 最初の給仕が、上品なご馳走を運んでくると、農夫は妻をひじでついてこう言いました。
「グレーテや、これが最初だよ」 
 農夫がこう言ったのは、『これが最初の皿を運んできた給仕だよ』 という意味だったのですが、給仕は、『これが、 最初の泥棒だ』と言われたのだと思いました。そして実際に、この給仕は最初の泥棒だったので、彼は恐れおののき、部 屋の外の仲間に、「あの医者はなんでも知っているぞ。まずいことになったぞ。奴は、俺のことを最初の泥棒だと断言し たのだ」と言いました。

 二番目は尻込みしていましたが、どうしても行かなければなりませんでした。そこで、皿を持って入って行くと、農 夫は妻をひじでついて、こう言いました。「グレーテや、これが二番目だよ」
 給仕は同じように言い当てられたので、いてもたってもいられず部屋を出て行きました。三番目も同じ目に合いまし た。農夫はまたもや、グレーテに、「これが三番目だよ」と言ったからです。

 四番目は、蓋をした皿を運ばなければなりませんでした。すると領主は医者に、その中に、何が入っているかを言い 当てて、その能力を見せてくれるようにと言いました。
 実は、その中にはカニが入っていたのですが、医者は、皿を見ても、何も浮かばないので、「ああ、カニもかわいそう に」と自分のことを嘆きました。
 領主はこれを聞いて、大声をあげました。
「これが分かるのならば、金のありかも分かるに違いない」
 給仕たちはひどくおびえて、医者にちょっと外へ出てもらいたいと合図を送りました。そこで、彼が外にやってくる と、四人は、自分たちが金を盗んだことを白状し、もし黙っていてくれるならば、その金はお返しするし、その上、大金 を差上げると言いました。そして、「もし、言いつけられたら、自分たちは絞首刑にされてしまう」と、泣きつきまし た。

 四人は、金の隠してある場所に彼を連れて行きました。これに満足した医者は、広間へと戻り、テーブルにつくと、 「領主様。今から、この本で、金が隠されている場所を探してみましょう」と言いました。
 実はこの時、五番目の給仕が、他にもっと知っているかどうか確かめようと、ストーブの中に入り込んでいました。医 者は、静かに椅子に座り、アイウエオの本を開くと、ページを前後にめくり、オンドリの絵を探しました。しかし、彼は なかなかオンドリが見つけられずに、こういいました。
「わたしは、お前がここに居るのは分かっているのだ。さあ出て来た方が身のためだぞ」
 ストーブの中にいた男は、自分のことを言われたのだと思い、全身に恐怖が走り、「この人は、全てを知っている」と 叫びました。

 それから、何でも知っている医者は、領主に、金の在り処を教えました。しかし、盗んだ者が誰かは言いませんでし た。こうして、彼は、両者からお礼のお金をたくさん受け取り、そして名声を博したそうです。

 (日本語訳 Keigo Hayami)


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