グリム童話 KHM94 農夫の賢い娘

 昔、土地を持たぬ貧しい農夫がいました。彼には、小さな家と、娘が一人いるだけでした。そこで、娘が言いまし た。「王さまに新しく開墾された土地をほんのすこし分けてもらえるようにお願いしましょうよ」
 王さまは、彼らの窮乏を耳にすると、領地の一部を分けてやりました。娘と父親はその土地を掘り起こすと、麦などの 穀類をすこし蒔いてみようと考えました。二人が、畑の隅々まで掘り返し終えようとした時の事です。土の中から、純金の臼を発見しました。

「お聞き」父親が娘に言いました。「儂たちの王さまは、慈悲深くこの土地を与えて下さったのだ。その恩に報いるため に、この臼は王さまに差し上げるべきではないかな」
 しかし娘はこれに賛成しようとはしませんでした。そして父親にこう言いました。
「臼だけではだめだわ。杵もなきゃ。杵がないならば、黙っていたほうがいいわよ」
 しかし農夫は、娘の言うことを聞かず、臼を王さまの所へ運んで、耕した畑で見つけた事を話し、どうか贈り物 としてお納め下さるようにとお願いしました。
 王さまは臼を受け取ると、この他には何も見つからなかったのか? と尋ねました。
「何もみつかりませんでした」と農夫が答えました。

 すると王さまは、杵も持ってこなければならぬ。と言いました。農夫は、何も見つかりませんでした。と言いましたが、ま るで風に向かって話しているようなもので、話など全く聞いてもらえずに、牢屋へと入れられてしまい、杵を出すまで牢屋に 入っていることになりました。
 王さまの従者たちは、毎日パンと水を持って行きました。それは、牢屋の中で誰もがもらうものだったのです。そして、 従者たちは絶えず男が嘆くのを聞きました。
「ああ、娘の言うことを聞いていれば! ああ、娘の言うことさへ聞いていれば」
 そこで、従者たちは王さまの許へと行き、囚人が、「ああ、娘の言うことさへ聞いていれば!」といつも嘆き、食べることも飲むこともしない事を伝えました。
 すると王さまは、従者たちにその囚人を面前に連れて来るように命じました。農夫が連れてこられると、王さまは、どうしていつも「ああ、娘の言うことさへ聞いていれば!」と嘆くのか? そして、娘が何と言ったのかと尋ねました。
「娘は、杵がないならば、臼を王さまのところへ持って行かない方がよいと言ったのです」
「お前の娘がそんなに賢いというならば、ここへ連れてまいれ」

 こうして娘は、王さまの御前にやってきました。そして王さまは、娘が本当にそんなに賢いのか謎かけをし、もし、それを解く事ができたならば、彼女を妻に迎えると言いました。娘は即座に、「はい」と返事をして、「謎かけを解いて見せましょう」と言いました。
 そこで王さまがこう言いました。
「衣装を着けず、裸ではなく、馬に乗らずに、歩くことなく、道を通らず、道の外を通らず、私のところへ来るのだ。も し、それが出来たら、お前と結婚しよう」

 そこで彼女はお城から引き下がると、着ているものを全て脱いで、そして、衣装を着けずに、大きな魚網の中に入り、身体にぐるぐる巻きつけました。これで、彼女は裸ではなくなりました。
 次に、娘はロバを借りました。 そして、魚の網をロバの尻尾に結び付けて、自分を独りでに曳い行くようにさせました。これで、歩くことも乗ることも していないことになりました。そしてロバは、わだちの中を曳いて行くようにされました。そして、足の親指だけを地面につけました。これで、道を通らず、道の外も通らないことになりました。こういう風にして娘が到着すると、王さまは、彼女が謎かけの全ての条件をクリアしたと言いました。
 
 そこで王さまは、娘の父親を牢から出すように命じ、娘をお嫁さんにしました。そして、王家の財産をすべて、彼女の思うままに任せました。それから数年が過ぎました。ある日のこと、王さまは、軍隊のパレードを観閲しました。その時こんなことがありました。木材を売っていた農夫たちが、荷車をお城の前に止めました。幾人かの農夫は、雄牛にそれらを繋げ、幾人かは馬を繋いでいました。そこに、三頭の馬を連れていた農夫がいました。そしてその中の一頭が子馬 を産みました。するとその子馬は走って行って、荷車の前にいた、二頭の雄牛の間に横になりました。農夫たちは集まっ てくると、言い争いをはじめ、殴り合いの喧嘩となり、そして大騒動になりました。雄牛を連れていた農夫は、子馬を手 放さずに、この雄牛の中の一頭が子馬を産んだのだと言いました。すると、もう一方の農夫は、自分の馬が産んだのだのだから、おれのものだと言いました。言い争いは王さまの前へ持ち出されました。すると王さまは、子馬は見つかった場 所に居るべきであると判決を下しました。こうして、雄牛を連れていた農夫が、子馬の所有者でもないのに、子馬を手に 入れました。

 こうして、もう一方の農夫は立ち去ると、涙を流して子馬のことを嘆きました。ところで農夫は、王さまのお妃さまは、貧しい小作農の出であるので、大変慈悲深いという話を聞いていました。そこで農夫はお妃さまのところへ行き、子馬を取り戻す手助けをしてもらえませんかと、お願いしました。
「わかりました。もし、わたしのことを漏らさないと約束してくれるなら、何をすればよいのか教えてあげましょう。明日の朝早く、王さまが守備隊の行進をさせる時、王さまが通るその道の真ん中にいるのです。そして、大きな魚網を手にして、魚をとるふりをして、網がいっぱいになったように、網をうちふるうのです」お妃さまはこう語ると、更に今度は、農夫が王さまに尋ねられたら、何と答えればよいか教えました。
 翌日、農夫が予定の場所に立って、乾いた土の上で漁をしました。王さまがとおりかかって、その様子を見ると、使者 を送って、その愚か者は何をしているのかと尋ねさせました。
「魚をとっているのです」農夫が答えました。
 すると、使者は、水がないのにどうして魚がとれるのかと尋ねました。
「乾いた大地で魚をとることなんて、雄牛が子馬を産むのとおなじくらい簡単なことですよ」

 使者は戻って、答えを王さまに伝えました。王さまは、農夫に来るようにと命じました。そして、この策略はお前が考えたものではないだろうと言って、誰が考えたのかを知りたがりました。王さまに問われ、農夫はすぐに白状しなければならなくなりました。しかし、農夫は本当のことを言っては大変なことになると思い、自分で考えたと言い張りまし た。すると、彼らは農夫を藁の山に転がして、農夫を打ち据えて、長いこと苦しめました。とうとう、農夫も、お妃さまから知恵を授かったことを白状しました。

王さまはお城へと帰ると、お妃に言いました。「儂に逆らうようなことをなぜしたのだ。もはやお前を妻にしておくわけには行かない。もう、ここでの暮らしはおしまいだ。お前はもと住んでいた、百姓小屋へと帰るのだ」

 しかし、王さまは一つだけ、お妃さまに慈悲を与えました。お妃さまの目にかなった、一番大切で貴重なものを一つだ け持っていってよいと言うのでした。こうして彼女は離縁されたのでした。

 お妃さまは、「わかりました。愛する王さま。王さまがそのようにお命じになるならば、御意のままにいたします」と 言いました。
 お妃さまは、王さまに抱きつきキスをすると、おいとまごいを致します。と言いました。そして、別れの盃にするためにと、強力な眠り薬を持ってくるように命じました。王さまはごくごくと飲みましたが、お妃さまは、ほんの少ししか飲みませんでした。王さまはすぐに深い眠りに落ちました。王さまが眠ると、一人の召使を呼びました。そして、純白のリンネルの布を取り出すと王さまをその布で包みました。そして、その召使に、王さまを扉の前に停められている、馬車の中へと運ぶようにと命じました。こうしてお妃さまは、王さまとを乗せて、自分の小さな家へと馬車を走らせました。

 お妃さまは、王さまを自分の小さなベッドへ寝かせました。それから王さまは、一昼夜ぐっすりと眠りました。そし て、王さまは目覚め、周りを見回して言いました。
「ここは何処だ」
 王さまは家来たちを呼びましたが、誰一人としていませんでした。最後に、お妃さまがかたわらにやってきて言いまし た。
「愛しい王さま。王さまはこう仰いましたわ。一番高価で一番価値のあると思うものを、お城から持ち出してよいと・・・・。わたしにとって、王さまよりも高価で大切と思うものはなにもありません。ですから、王さまをお連れしたのです」

 王さまは目に涙をためて言いました。
「愛しいわが妻よ。お前は、わたしの心であり、わたしはお前のものだ」
 王さまはお妃さまをお城へ連れ帰ると、もう一度お妃さまと結婚しました。そして、今でも、幸せに暮らしているかも しれません。

(日本語訳 Keigo Hayami)

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