グリム童話 KHM44 死神の名づけ親
12人の子供をもつ貧しい男は、子供たち皆にパンがいきわたるようにと、昼も夜も働かなければなりませんでした。
ですから、13番目の子供がこの世に生を受けたとき、彼は、これ以上どうしてよいやら途方にくれました。しかし、そ
うも言っていられません。彼はとても大きな通りへと駆け出すと、最初に出会った人に、名づけ親になってもらおうと決
心しました。最初に会ったのは、よい神様でした。神様はすでに男の望みをしっていて、この貧しい男に言いました。
「私はお前を憐れんでいるのだ。お前の子供を洗礼してあげよう。そして、その子の面倒をみて、この世で幸せにしてあ
げよう」
すると、男が言いました。
「あなたは誰ですか?」
「私は神だ」
「それでは、あなたに、名づけ親になって欲しくはありません。あなたは、お金もちにばかり与え、貧しい者は、飢えに
任せております」
男がこんなことを言ったのは、神様がどれほど賢明に、富と貧乏を分け与えるかを知らなかったからです。こうして男
は、神様から離れて行きました。そして遠くまでやって来ました。すると、悪魔がやって来て言いました。
「何を探しているのだ? お前が、私を子供の名づけ親にするならば、子供に十分な黄金と、それからこの世の楽しみの
全てを与えよう」
「あなたは誰ですか?」男が尋ねました。
「私は悪魔だ」
「では、あなたには名づけ親にはなって欲しくはありません。あなたは、人を騙し人を堕落させます」
男は先へと進みました。すると、死神がやせ衰えてがりがりの足ですたすたやって来て言いました。
「私を名づけ親にするのだ」
「あなたは誰ですか?」男が尋ねました。
「私は死神だ。私はあらゆる者に対して公平だ」
すると男が言いました。
「あなたは正しい。あなたは、分け隔てなく、貧乏人も金持ちも連れてゆきます。あなたに名づけ親になってもらうこと
にします」
すると死神が言いました。
「私は、お前の子供を金持ちで有名にしてやろう。私を友とする者は、何かに不自由することは許されないからだ」
これを聞いて男が言いました。
「次の日曜日に洗礼をするので、その時きてください」
死神は約束通り現れて、きちんと、型どおりに名づけ親をつとめました。
子供が大人になってからのことです。ある日名づけ親が現われて、一緒に来るように言いました。死神は、町から離れ
たところにある森の中へと連れて行きました。そして、そこに生えている薬草を彼に示し、こう言いました。
「さあ、名づけ親の贈り物を受けるのだ。お前を有名な医者にしてやろう。患者に呼ばれたら、いつも私はお前の前に現
われるだろう。もし、私が病気の男の頭のそばに立つならば、お前は、自信を持って、彼はよくなると言うことができ
る。そして、この薬草を与えれば彼は回復するだろう。しかし、もし、私が患者の足元に立つならば、彼は私のものだ。
お前は、どんな手当ても無駄であり、世界中のどの医者も助けることは出来ないと言わねばならぬ。だが、私の意に反し
てこの薬草を使うのは慎めよ。さもないと、お前に災いが降りかかることになるからな」
その後すぐに、若者は世の中で一番有名なお医者さんになりました。「あのお医者は患者を見ただけで、病気が治る
か、治らないか即座に分かるのだ」そういう風に彼は言われ、遠くから多くの人がやって来ます。そして、誰かが病気に
なると、彼は呼ばれるのでした。こうして彼はお金をたくさんもらい、すぐに金持ちになりました。
ある時、王様が病気になりました。そしてこの医者が呼ばれ、助かるかどうか言うことになりました。しかし、彼が
ベッドへ来てみると、死神が病人の足元に立っていました。ですから、薬草で王様を救うことはできません。
「でも、もし死神を騙すことが出来たなら」医者はそう考えて、「そんなことをしたら、間違いなく怒るだろうが、彼は
私の名づけ親なのだから、大目に見てくれるだろう。思い切ってやってみよう」
こうして彼は、病人を持ち上げると、彼を反対向きにおきました。死神が病人の枕もとに立つようにしたのです。こう
してから、彼は王様に薬草を与えました。すると王様は病気が治り元気になりました。
しかし死神はお医者のところへやって来て、たいへんとむっつりとして、怒った顔で、指でお医者を脅しつけて言いま
した。「お前は、出し抜いたな。今回は許してやろう。わたしの名づけ子だからな。だが、また同じことをするようだっ
たら、お前の首で払ってもらうからな。わたしはお前を連れて行くからな」
それからすぐ、王様のお姫様がひどい病気にかかりました。お姫様は王様のたった一人の子供だったので、王様は目が
見えなくなる程、昼も夜も泣き暮らしました。そして、王様は、お姫様を死から救った者は誰でも、彼女の婿となり王冠
を引き継ぐことにすると、お触れを出しました。お医者さんは、病気のお姫様のベッドへとやって来ました。すると、死
神がお姫様の足元に立っていました。彼は、名づけ親の警告を覚えていましたが、お姫様の美しさに心奪われてしまいま
した。そしてお姫様の夫となるという幸福を手に入れたくなり、思慮深さなど全く残っていませんでした。彼は死神が、
怒りに満ちた視線を投げかけていたことに気付きませんでした。死神は、宙に手を差し上げて、やせこけたこぶしで、お
医者を脅しつけていたのです。
お医者は、病気のお姫様を持ち上げると、頭と足を反対向きにしました。そして、お医者は薬草を与えました。すると
すぐに娘のほほは、赤く色づき、彼女の中で新しい命が芽吹きました。
これで二度邪魔された死神は、お医者の所へ大またで歩いて行きました。そしてこう言いました。
「お前はおしまいだ。今度はお前の番だ」
死神は、氷のように冷たい手でお医者をしっかりとつかみ、うむを言わさず、地底の穴へと彼を連れて行きました。そ
こで彼が見たものは、幾千、幾億ものロウソクの灯りでした。それらは、長いのや、中くらいのや、短いのが無数に並ん
でいました。あっという間に、いくつかのロウソクは燃えつき、そしていくつかはもう一度燃え出しました。それらの炎
は、あちらことらと絶え間なく飛び回っているように見えました。
「見たか?」死神が言いました。「このロウソクは、人間の命のともしびなのだ。長いのは、子供たちのものだ。中くら
いのは、結婚して人生の絶頂期にいる者たちのものだ。ちびたロウソクは、老人のものだ。しかし、子供や若者のロウソ
クにも、時に短いものがある」
「わたしの命のともしびも見せてください」
お医者が言いました。彼は、自分のロウソクは、まだ大分長いだろうと思ったのです。死神は、もう消えかかっている
とても小さなロウソクを指さして言いました。
「ほら、よく見るのだ、これがお前のだ」
「ああ、名づけ親よ」お医者が恐怖に震えて言いました。「どうか、わたしのために、新しいロウソクをつけてくださ
い。わたしは、王様として、あの美しいお姫様の夫として、人生を楽しみたいのです」
「それはできない」死神が答えました。「新しいロウソクをつける前に、古いロウソクは消えなければならないのだ」
「では、新しいロウソクの上に古いロウソクを乗せてください。古いロウソクがなくなったらすぐに、新しいロウソクが
燃え出すようにしてください」
お医者は死神に懇願しました。すると死神は、彼の願いを聞き入れてやろうとするかのように、長い新しいロウソクを
手にとりました。しかし、死神は仕返しをしてやろうとしていたのでした。死神はロウソクを立てるときに、わざと手元
を狂わせたのです。すると小さなロウソクは、下に落ちて消えてしまいました。その途端、お医者は地面に崩れ落ちまし
た。こうして、お医者は今度は自分が死神の手にとらえられたのでした。
(日本語訳 Keigo Hayami)
落語『死神』について
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