イギリスの昔話 ビノーリー by Joseph Jacobs

 昔むかしのこと、水車を回すための小さな堰がいくつもある、ビノーリーのすぐ近くに、瀟洒な館があり、二人のお 姫様が住んでいました。そこへ、ウィリアム卿がやってきて、姉のお姫様に求婚して、彼女の愛を射止めました。ウィリ アム卿は、手袋と指輪を贈り、結婚の約束をしました。しかしその後、ウィリアム卿は、サクランボのような頬と、黄金 の髪をもつ、妹のお姫様を見ると、その愛情は、妹のお姫様へと移り、もはや姉のお姫様へは愛情が注がれることはなく なりました。それで、姉のお姫様は、ウィリアム卿の愛を奪い去った妹を憎みました。そして、日に日にその憎しみは大 きくなって、妹をどうすれば亡き者にできるかという考えにとりつかれました。

 あるよく晴れたすがすがしい朝のこと、彼女は妹に言いました。「ねえ、お父さまの船が、ビノーリーの水路に入って 来るのを見に行きましょうよ」
 こうして、二人は手に手をとって出かけて行きました。二人は川の土手にやって来ました。妹は、船が岸につながれる のを見ようと、石に飛び乗りました。すると姉が妹の背後に忍びより、彼女の腰をつかむと、流れの速いビノーリーの水 路へと投げ込みました。

「お姉さま。お姉さま。手を差し延べてください!」妹は流されながら叫びました。「手を半分でものばしてくれたら、 つかむことができるわ」

「いやよ。あなたに手を差し延べたりするものですか。だって、あなたの財産は全部、あたしのものになるのですから ね。それに、よっぽどどうかしてなけりゃ、あたしと、恋人の愛を引き裂いた、あなたのその手に触れるものですか」

「お姉さま、お姉さま、それじゃあ、手袋を差し延べてください!」妹は、さらに遠くに流されながら叫びました。「そ うして、再び、ウィリアム卿の愛をとりもせばよろしいではないですか」

「沈んでしまいなさい」残酷なお姫さまが叫びました。「手も手袋も、あなたになんか触れないわ。あなたが、ビノー リーの水路に沈んでしまえば、優しいウィリアムは、あたしのものになるのですからね」
 こう言うと、姉の残酷なお姫さまは、背を向けると、王さまのお城へと帰って行きました。

 妹のお姫さまは、水車用の水路を流され、浮いたり沈んだりして、水車小屋の近くへとやって来ました。その時、粉屋 の娘は料理に取り掛かろうとしていました。そして料理につかう水が必要になり、水路に汲みに行きました。すると娘は 何かが堰に向かって流れて行くのを見つけました。娘は叫びました。「父さん! 父さん! 堰を止めてください。なに か白いものが・・・ミルクのように真っ白な、人魚か白鳥のような・・・何かが流れてきます」
 そこで粉屋は、堰へ急ぐと、とても重たい水車を止めました。そして二人はお姫さまを川から運び出し土手へと寝かせ ました。色白で美しいお姫さまは、眠っているかのようでした。黄金の髪には、真珠や宝石が散りばめられ、腰には黄金 の帯びが巻かれていて、白いドレスの黄金の縁取りは、お姫さまの百合のような足をかくしていました。しかし、彼女は 溺れて死んでしまっていたのでした。

お姫さまが、その美しさをそこなわずに、そこに横たわっている時、ビンノーリーの水車堰の近くを、有名なハープ奏者 が通りかかり、お姫さまの色白で可憐な顔を見ました。それから音楽家は遠くへと旅をしましたが、決してその顔を忘れ ることはありませんでした。そして、長い歳月が過ぎ、音楽家は、美しいビンノーリーの水車堰の水路へと戻って来まし た。しかし、すでにその場所には、彼女の骨と黄金の髪の毛しかありませんでした。そこで、彼は、彼女の胸骨と髪の毛 でハープを作りました。そして、ビンノーリーの水車堰から小高い丘を登り、彼女の父王の城へと行きました。

その夜、偉大なハープ奏者の演奏を聞くために、王さま、女王さま、王子さま王女さま、ウイリアム卿、それに廷臣たち すべてが、城の広間に集まりました。手始めに演奏家は、昔から愛用しているハープを奏でて、彼の思うがままに、皆を うきうきと楽しくしたり、悲しみの涙を誘ったりしました。そして演奏家はそうしている間に、先日造った例のハープを 広間の玉の上に置きました。すると間もなく、それは低くそしてはっきりと歌いだしました。音楽家は演奏を止め、皆も 静まり返りました。

するとハープはこんな風に歌ったのでした。

「ああ、そこに座ってらっしゃるのは、王さまの、あたしのお父さま。
ビノーリーよ、おお、ビノーリーよ。
ああ、そこに座ってらっしゃるのは、女王さまの、あたしのお母さま。

そこに立っているのは、あたしのヒュー兄さま。
ピノーリーよ。おお、ビノーリーよ。
兄さまの隣には、あたしの愛するウイリアム。嘘か誠か、
あの美しい堰での出来事は、おお、ビノーリーよ。」

これを聞いて、皆が訝しがっていると、ハープ奏者は、ビノーリーの堰の土手で、溺れて死んだお姫さまを見たことや、 その後、彼女の髪の毛と肋骨でハープを造ったことを語って聞かせました。するとその時、ハープが再び歌い始めまし た。しかも今度は、大きな声ではっきりと歌いました。

「そこに座っているのは、あたしのお姉さま。
あの美しい堰であたしを溺れさせたのは、誰あろう、あたしのお姉さま。おお、ビノーリーよ」

ハープはこう歌うと、弦は切れ壊れてしまい、二度と再び歌うことはありませんでした。

(日本語訳 Keigo Hayami)


参照:
Type 780 唄う骨
グリム童話集 KHM280 唄う骨
昔話タイプ・インデックス  263 歌い骸骨 (日本昔話通観28 稲田浩二 同朋舎)

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