イギリスの昔話 "なにもない" by Flora Annie Steel 

 昔、王さまと女王さまが住んでいました。二人は、この世が始まってからこれまでの、他の王さまや女王さまとさほ ど違いはありませんで した。しかし二人には子供がいなかったので、とても悲しい思いをしていました。ある時、王さまは遠い国へ、戦争に出 かけなければならなくなり、何ヶ月も城 を留守にしました。するとどうでしょう、王女さまは、王さまの留守中、ついに、男の子を産んだのです。みなさんも想 像できますよね、女王さまがどんなに喜 んだか、そして、王さまが帰って来て、一番の望みが叶ったことを知ったらどんなに喜ぶだろうかと、思い巡らせたこと を。
 お城の家来たちも、みな大喜びしました。そこで、早速、小さな王子さまの名前を命名する儀式を盛大に執り行う手は ずにとりかかりました。しかし、王女さ まは言いました。
「だめです! 名前は、この子の父親がお与えになるのです。それまでは、この子を、"なにもない" と呼ぶことにし ます。それは、王さまがまだ、この子の ことを何もお知りになっていないからです」

 それから、小さな王子さまの、"なにもない" は、強くて親切な少年に成長しました。父親は長い間帰ってきませ んでした。それどころ か、息子が生まれたことすら知りませんでした。しかしついに、王さまは城へと向きを転じました。その途中、王さまは 流れの激しい大きな川のところまでやっ てきました。王さまも兵隊たちも、その川を渡ることが出来ませんでした。それはちょうど、大雨の降る時期で、川は危 険な渦でいっぱいでした。そこには、水 の妖精や水の霊たちが住み、いつも人間たちを溺れさせようと待ち構えているのでした。

 彼らは足止めを食らうことになりました。そこへ、とても大きな巨人が現われました。彼の歩みは、流れや渦やなに もかもはねのけること が出来たのです。そして巨人は親切そうに言いました。
「あなた方が望むなら、全員向こう岸までわたしが運んであげましょう」
 巨人はにこやかで、とても丁寧でしたが、王さまはそれが、厳しい契約を素早くまとめようとする、巨人の悪知恵であ ることを十分承知していました。そこで 王さまはぶっきらぼうに言いました。
「お前の望みは?」
 
「望みですって?」巨人は王さまの言葉を繰り返すと、歯を見せて笑い、「あなたは、私を見くびっているようですね。 では、"なにもない" をお与え下さ い。それさえもらえれば、喜んで仕事をはたしましょう」

 王さまは巨人の寛大さに、いささか恥ずかしく思い、こう言いました。
「決して、たがわずに、"なにもない" を差し上げよう。その上、私の感謝の気持ちもお付けしよう」

 こうして、巨人は流れを越えて、渦をやり過ごし無事に彼らを向こう岸まで運びました。それから、王さまは家へと急 ぎました。
 みなさん想像してみて下さい。王さまは愛する女王さまに会えただけでも、とても嬉しかったのに、女王さまがお見せ になった、歳の割には背が高くて、力の 強い若者をご覧になった時、王さまはどんな気持ちがしたことか。

「若者よ、名前はなんというのだ?」王さまがその子を素早く腕に抱きしめて尋ねました。

「"なにもない" です」少年が答えました。「このように呼ばれているのは、お父さまに名を授けていただくためで す」

 ああなんてことでしょう! 王さまはもうすこしで子供を落としそうになりました。「わたしはなんてことをしてし まったのだ」王さまは恐怖のどん底に叩き 込まれて叫びました。「わたしは、"なにもない" をくれてやると約束してしまったのだ。水の妖精や水の霊の住む、 渦巻く川を、我らを背負って運んだ巨人 にな!」

 これを聞いて女王さまは嘆き悲しみました。しかし、賢い女王さまは、どうにか息子を助ける手立てを考え出しまし た。そして王さまに言いました。「巨人が 約束を楯にやってきたら、メンドリ飼いの女房の一番下の息子を与えることにしましょう。彼女は子沢山ですから、王冠 の一部を与えれば、嫌とはいわないで しょう。それに、巨人は決して違いを見破れないでしょうからね」

 案の定、まさにその次の日の朝、巨人は、"なにもない" を手に入れるためにやって来ました。そこで彼らは、メン ドリ飼いの女房の息子に、王子の衣裳を 着せました。そして、巨人が大変満足して、戦利品を背中に担いで連れ去るのを、涙を流して見送りました。しかし、し ばらくして、巨人は大きな石のところま で来ると、肩を休めるために座りました。そして一眠りしました。巨人は目覚めると、慌てて立ち上がって叫びました。

「俺の肩の上の農夫のせがれよ! さあ言うのだ。
今時分は何の時間だ?」
 するとメンドリ飼いの女房の小さな息子はこう答えました。
「メンドリ飼いの母ちゃんが、賢い女王さまのために、朝食のケーキの卵をとる時間です」
 すぐに、巨人はペテンにかけられたことに気づきました。そして巨人はメンドリ飼いの女房の息子を地面に投げまし た。少年は、頭を石に叩きつけられ死んで しまいました。それから、巨人は怒りに燃えて、城へと大また歩きで戻って行くと、"なにもない" を要求しました。 そこで今度は、菜園夫の息子に盛装させ ました。そして、巨人が大変満足して戦利品を背中に担いで行くのを嘆き悲しんで見送りました。
 するとまた同じことが起こりました。巨人は背中の荷物に疲れたので、大きな石の上に座って、一眠りしました。巨人 は目覚めると、慌てて立ち上がって叫び ました。
「俺の肩の上の農夫のせがれよ! さあ言うのだ。
今時分は何をする時間だ?」
 菜園夫の息子はこう答えました。
「菜園夫の父ちゃんが、賢い女王さまのために、夕食の料理に使う野菜をとる時間です」
 巨人はすぐに、またしてもペテンにかけられたことに気づき、怒り狂いました。彼は肩の上の少年をひっ捕まえて石に 投げつけて殺してしまうと、大またで城 へととってかえしました。城へ着くと、巨人は激怒して怒鳴りました。「お前がくれると約束した、"なにもない" を よこすのだ。さもないと、俺はお前たち 全員をぶち殺してやるぞ」

 この期におよんで、王さまと女王さまは、大切な王子を諦めなければならぬということを悟りました。そして今度こそ は、巨人が少年を背中に担いで行くのを 見て、本当に嘆き悲しみました。そして今度も、巨人は大きな石のところで休憩をして目覚めると、叫びました。

「俺の肩の上の農夫のせがれよ! さあ言うのだ。
今時分は何の時間だ?」
 小さな王子はこう答えました。
「今時分は、お父さまのところに、"王さま、宴席の広間に、夕食の用意が出来ました" と、知らせが来る時間です」
 すると巨人は喜んで笑うと手をすり合わせて言いました。「ついに、本物を手に入れたぞ」
 こうして巨人は、渦巻きの下にある自分の家へと"なにもない" を連れて行きました。実は巨人はとても力のある魔 王だったのです。彼は自分の好きなもの に姿を変えることも出来たのです。巨人が執拗に小さな王子を欲しがったのは他でもありません。巨人は奥さんを亡く し、小さな娘が一人残されたのですが、彼 女の遊び相手がどうしても必要だったのです。こうして、"なにもない" と魔王の娘は一緒に成長し、年を追うごと に、互いにどんどん好きになり、娘は彼と 結婚の約束をするほどになりました。

 しかし魔王は、それがいくら王子だといっても、今までに、自分が千回も食べてきた、ただの人間と、娘を結婚させよ うとは思いませんでした。そこで巨人は "なにもない"をうまく追い払う方法を探しました。
 ある日のこと、巨人は"なにもない" に言いました。「俺はお前に仕事を与えてやる。横7マイル、縦7マイルの大 きさの馬小屋がある。そしつは、7年間 掃除をしていない。明日の夕方までに、お前はそいつをきれいにするのだ。さもなければ、俺はお前を夕飯にしてしまう ぞ」

 夜明け前に、"なにもない" は与えられた仕事にとりかかりました。しかし、彼がゴミを片付けるとすぐに、またゴ ミでいっぱいになるのです。それで、朝 食の時間までには、彼は汗まみれになりましたが、ほんのわずかも、仕事ははかどりませんでした。そこへ魔王の娘が朝 食を持って来ました。娘は彼が話しをす ることさえできないほど狼狽しているのを見て言いました。

「すぐに、きれいにしてみせるわ」娘はそう言うと、手を叩いて呼びかけました。

「野や空の獣や鳥たちよ、
あたしを愛しているなら、この馬小屋をきれいにしておくれ」
 すると、どうでしょう! すぐに、野にいる獣たちが集まってきました。そして空は鳥たちの羽に覆われて暗くなりま した。そして彼らはゴミを運び去り、馬 小屋は夕方前には、ピカピカに綺麗になりました。

 魔王はこれを見ると、大変怒りだし、この奇蹟をやり遂げたのは、娘の魔法であると思い、こう言いました。「助けて もらうとは恥じを知れ。しかし、明日は もっと大変な仕事をお前に与えてやるぞ。向こうに、縦7マイル、横七マイル、深さ7マイルの湖がある。夕方までにそ の水をかき出すのだ。一滴も残さずに な。さもなければ、夕飯にお前を必ず食ってやるからな」

 そこで"なにもない" は再び夜明け前に起きて、課せられた仕事に取り掛かりました。しかし、汗みどろになって、 絶え間なく水をかき出しても、水はすぐ に元に戻ってしまいます。朝食の時間になっても、彼の仕事は全くはかどりませんでした。
 すると、魔王の娘が朝食を持ってやって来ると、ただ笑って言いました。「すぐに片付けてみせるわ」娘は手を叩き呼 びかけました。

「さあ、川と海にすむ全ての魚たちよ。
 あたしを愛しているならば、この水を飲み干しておくれ」
 すると、どうでしょう! 湖は魚たちで一杯になりました。そして、水をどんどん飲んで、湖には一滴の水も残りませ んでした。

 朝、魔王が戻って来て、これを見ると烈火の如く怒りました。そして、それは娘の魔法によるものだと知り、こう言い ました。「二度も助けてもらうとは、恥 じの上塗りだ! だが、それでもお前は、逃れられぬぞ。お前により一層大変な仕事を与える。もしそれが出来たら、娘 はお前にくれてやろう。あそこにある木 を見ろ。7マイルの高さで、てっぺんまで、枝は一本もない。そのてっぺんは、二股になっていて、卵の入った巣があ る。その卵を一つも割らずに持ってくるの だ。さもなければ、夕食に必ずお前を食ってやるからな」

魔王の娘は今度はとても悲しみました。それは、彼女のあらゆる魔術を使っても、恋人が卵を取りに行って、割らずに降 りてくるのを手助けするような方法が思 いつかなかったからです。彼女は"なにもない" とともに、木の下に座り、頭を絞って考えに考え抜きました。すると よいアイデアが浮かびました。彼女は手 を叩き、叫びました。

「あたしの手の指たちよ。あたしを愛しているのなら、
あたしの愛する人が木に登るのを手伝っておくれ」

 すると彼女の両手の指が一本一本落ちて、それがはしごのように木の上に一列に並びました。しかし、それらはてっぺ んまで届くには全く足りませんでした。 そこで彼女はもう一度叫びました。
「あたしの足の指たちよ。あたしを愛しているのなら、
あたしの愛する人が木に登るのを手伝っておくれ」

 すると彼女の足の指が一本一本落ち始め、はしごのように一列に並びました。そして、片足の指が配置についたとき、 そのはしごは十分な高さになりました。 こうして、"なにもない" は木に登り、巣のところまでやって来ると、7つの卵を手に取りました。こうして、彼は最 後まで降りてくると、課された仕事を成 し遂げたことが嬉しくて仕方がありませんでした。そして、魔王の娘も喜んでいるかどうか見ようと振り返りました。す るとでしでしょう! 7つの卵が彼の手 からすべり落ちてしまいました。

「グシャリ!」

「急いで! 急いで!」魔王の娘が叫びました。さあ皆さん、彼女の冷静沈着な行動を見守ってください。「すぐに逃げ るしか、他にしようがないわ。でもま ず、魔法の瓶を持ってこなければ、あれがなけりゃ、助けることができないわ。あたしの部屋にあるんだけど、ドアには 鍵がかかっているのよ。あたしは指がな くなってしまったから、さあ、あたしのポケットに手を入れて、鍵をとったらドアを開け、魔法の瓶を手に取って、すぐ にあたしを追いかけてきて。あたしは、 片方の足の指がないから、あなたよりも足が遅いのよ」

 そこで、"なにもない" は言われた通りのことをして、そしてすぐに魔王の娘に追いつきました。しかし、なんてこ とでしょう! 二人はまったく速く走れ ないのです。すると、魔王が大またで追いかけるために、巨人の姿にまたもや変身して、間もなく、彼らの後ろに姿を見 せました。巨人はどんどん近づいてき て、"なにもない" を捕まえようとしました。その時です、魔王の娘が叫びました。「あたしには指がなくなってし まったから、さあ、あたしの髪に手を入れ て、あたしのクシを手に取って、それを投げてくださいな」
 "なにもない" は言われた通りのことをすると、なんてことでしょう! クシの歯の一本一本から、棘だらけのイバ ラが萌え出し、みるみる成長して、魔王 は棘の垣根の真ん中に取り残されたのです! 皆さんも想像できるでしょう。巨人がそこから脱出するまでに、どんなに 腹を立て、どんなにあちこち引っかかれ たかを・・・。
 こうして"なにもない" と彼の恋人は、逃げる時間を稼ぎました。しかし、魔王の娘は、片足の足の指を失っていた ので、速く走ることができません。それ で、巨人の姿に変身した魔王は、すぐに二人に追いつきました。そして、まさに"なにもない" を引っつかもうとした 時です。魔王の娘が叫びました。「あた しには指がなくなってしまったから、さあ、あたしの胸に手を置いて、ヴェールのピンを手に取って、それを投げてくだ さいな」

 彼が言われた通りにすると、すぐさま、そのピンに、何千もの鋭いカミソリが生じ、十字に組まれて道を塞ぎました。 すると魔王の巨人はそれらを踏んで、痛 さのあまり唸り声を上げました。皆さんも想像できるでしょう。巨人がどんな風に踊って、どんな風につんのめって転ん だか? 巨人はそこから抜け出すのにど れほど苦労しかた知れません。それは、まるで、卵の上でも歩いているかのようでした。

 "なにもない" と彼の恋人は、巨人が再び追いかけてくる前に、あとちょっとで姿をくらませそうでした。しかし、 間もなく巨人は二人を捕まえるくらいす ぐ近くまで追いついてきました。それは、皆さんもご存知のように、魔王の娘は片足の足の指がなかったので、速く走れ なかったからです。彼女は出来るだけの ことはしましたが、無駄でした。そして、巨人が"なにもない" を捕まえようと手を伸ばした時です。彼女は息を切ら して叫びました。

「もう何も残ってないけど、魔法の瓶があるわ。さあ瓶を取り出して、中味を少し地面にふりまいて」

 "なにもない" が言われた通りにしました。しかし、彼は急いでいたので、瓶が空になるほどぶちまけてしまいまし た。するとすぐさま、途方もなく巨大な 波が湧き起こり、"なにもない" の足をすくい、彼を遠くに押し流して行きそうになりましたが、魔王の娘のほどけたヴェールが、彼を捕らえてしっかり と包んだのです。二人の背後では、波が どんどんどんどん大きくなって行き、巨人の腰まで達しました。波はまたまだ大きくなって、巨人の肩まで達しました。 それでも波はまだまだ大きくなって、と うとう巨人の頭を隠してしまいました。その波は、魚やら蟹やら貝やら、その他得体の知れないあらゆる種類の生き物た ちで溢れた、巨大な海の波だったので す。

 これが魔王の巨人の最期でした。しかし、小さな魔王の娘も、可愛そうにとても弱ってしまい、もう一歩たりとて動け なくなってしまいました。そこで彼女は 愛する人に言いました。「向こうに、灯の光が見えるわ。泊まれそうなところがあるか、行って見てきて下さい。あたし は、獣に襲われないように、池のそばの 木に登っています。あなたが戻ってくるまで、そこで休んでいれば、疲れも癒えるでしょうから」

 ところで、二人が見た灯りというのは、実はなんと、"なにもない" のお父さんとお母さん。つまり王さまと女王さ まの住むお城の灯りだったのです。(け れども、もちろん彼はこのことを知りませんでした)
 彼はお城に向かって歩いて行くと、メンドリ飼いの女房の小屋にやって来ました。そして一晩泊めてくれるようにとお 願いしました。

「お前さんは誰だね?」メンドリ飼いの女房がいぶかしげに尋ねました。

「私は"なにもない" という者です」若者はそう答えました。

 メンドリ飼いの女房は、息子が殺されたことを、未だに悲しんでいたので、即座に復讐してやろうと決心しました。

「あたしは、お前さんを泊めてあげるわけにはいかないがね」彼女が言いました。「でも、ミルクを上げよう。ずいぶん と疲れているようだからね。それを飲め ば、城へ行けるだろうから、そこで泊めてくれるようにお願いしてみるんだね」

 こうして、彼女はミルクのカップを彼に渡しました。しかし、彼女は魔女だったのです。彼女は、若者が父親と母親に 会った途端に、深い眠りに落ちてしま い、どんなことをしても起こすことができなくなるようにと、そのカップに一服毒を盛ったのでした。こうすれば、彼 は、役立たずのでくの棒となり、父親や母 親との再開の喜びも味わうこともできなくなるでしょうから。

 王さまと女王さまは失った息子のことを片時も悲しまないでいることはありませんでした。それで二人は、さすらい歩 く若者たちにいつも大変親切にしまし た。それで、若者が一晩泊めてくれるように願っているという話を聞くと、彼に会いに広間へ降りて行きました。すると どいでしょう。"なにもない" が父と 母を見た瞬間に、彼は床の上に倒れて深い眠りについてしまったのです。そして、どうやっても彼を起こすことは出来ま せんでした。こうして、彼は父親と母親 との再開を喜ぶことができませんでした。そして、父親と母親も彼が息子だということに気づきませんでした。

 "なにもない" は、とても立派な若者に成長していました。それで、王さまと女王さまは、彼を大変可愛そうに思い ました。そして、何をしても、誰も彼を 起こすことができないとなると、王さまは言いました。「こんなに立派な若者を見れば、誰よりも、一生懸命に骨を折っ て、彼を起こそうとする娘が現れるかも しれぬ。そこでだ。わしの国に住む娘ならば誰でも構わぬ。この若者を起こすことができた娘にこの若者と結婚させてや り、そのうえ立派な嫁入り道具をとらせ ることにする。と触れ回るのだ」

 こうして、お触れが回ると、国じゅうから美しい娘が全員、自分たちの幸運を試しにやって来ました。しかし彼女たち は全員成功しませんでした。

 ところで、巨人に息子を殺された菜園夫には、一人の娘がいました。しかしその娘は、とても醜く、幸運を試すなど無 駄であると、はなから諦めているほどで した。そして彼女はいつものように自分の仕事へ行きました。彼女は壷を持って池へと水汲みに向かいました。すると、 魔王の娘が恋人が戻ってくるのを、いま だに木に隠れて待っていたのです。そして事件が起きました。菜園夫の醜い娘が、壷をいっぱいにするために、池に身を 屈めるた時、水に映る美しい姿を見たの です。そしてそれを自分自身だと思ったのでした。

「こんなに美しいなら」彼女は叫びました。「もう水汲みなんかするもんですか!」

 彼女はこう言って、壷を放り投げると、真っ直ぐにお城へ向かい、素敵な若者と素晴らしい嫁入り道具が得られるかど うか試すことにしました。もちろんそれ は叶いませんでした。しかし、彼女は"なにもない" に恋心を激しく募らせました。彼女は、メンドリ飼いの女房が魔 女であるのを知っていたので、彼女の許 へと向かいました。そして、全財産と引き換えに、眠った人を起こすことのできる魔法を教えてくれるように頼みまし た。

 メンドリかいの女房は娘の話を聞くと、菜園夫の醜い娘と、長いこと行方しれずとなっていた、王さまと女王さまの息 子とを結婚させるのは、またとない復讐 になると思いました。そこで彼女はすぐに娘の金を受け取ると、娘の好きなように、王子の魔法を解いたり掛けたりでき る魔法の呪文を教えました。

 こうして菜園夫の娘は城へと行きました。そして、魔法の歌を歌うとすぐに、"なにもない" は目覚めました。

「ああ、素敵なお方、あたしは、あなたと結婚するのよ」
 娘がなだめすかすように言いました。しかし、"なにもない" は、寝ていた方がましだと言いました。そこで娘は、 結婚式の準備ができるまで、もう一度眠 らせておいて、素敵なドレスを手に入れたほうがよいと考えました。こうして彼女はもう一度若者を眠らせる呪文を唱え ました。

 ところで、菜園夫は、娘が働こうとしないので、自分で水汲みに行かなければなりませんでした。彼は壷を持って池へ 行くと、彼もまた、水に映る魔王の娘の 影を見ました。しかし、彼はそれを自分の姿だとは思いませんでした。というのも、彼にはあごヒゲが生えていたからで す。

 そこで彼は顔を上げると、木の茂みにいる娘を見つけました。

 可愛そうに、彼女は悲しみと空腹と疲労で半分死にかけていました。そこで、親切な菜園夫は、彼女を自分の家に連れ て行き、食べ物を与えました。そして、 今日、自分の娘がよそからお城へやってきた素敵な若者と結婚し、更に、子供の時に巨人にさらわれた、王さまと女王さ まの息子の"なにもない" を偲んで、 お二人から素晴らしい花嫁道具がいただけるのだと言いました。

 魔王の娘は、恋人の身に何かが起きたに違いないと思い、お城へと出掛けて行きました。そして、彼が椅子に座って ぐっすりと眠っているのを見つけました。

 しかし、彼女は恋人を起こすことが出来ませんでした。というのも、皆さんもご存知のように、"なにもない" が魔 法の瓶を空にしてしまったので、それと 一緒に彼女の魔力も消えうせてしまったのです。

 そこで、彼女は指の無い手を彼の上に置いて、涙を流して歌いました。

「愛するあなたのために、あたしは、馬小屋を綺麗にしたわ。
湖だって空にして、木にだって登ったわ。
それなのに、あなたは目を覚まして下さらないの?」

 しかし、彼はぴくりとも動かず、目を覚ますことはありませんでした。

 すると、一人の年老いた召使が、娘がなぜ泣いているのかを知ると、気の毒に思いこう言いました。
「もうすぐ、この若者と結婚することになっている娘は戻ってきて、結婚するために彼の魔法を解くことでしょう。隠れ ていて、彼女の呪文を聞いておいで」

 魔王の娘が隠れると、やがて、美しいウエディングドレスに身を包んだ菜園夫の娘がやってきました。そして魔法の歌 を歌い始めました。"なにもない" が 目を開くと、魔王の娘は、歌い終わるのを待たずに、隠れていた場所から駆けていって、指の無い手で彼を抱きしめまし た。

 すると"なにもない" は全てを思い出しました。城のこと、父のこと母のこと、魔王の娘のこと、そして、彼女が自 分にしてくれたことを全て思い出したの です。

 彼は魔法の瓶を取り出すとこう言いました。「ああ、どうしても、おまえの手を治す魔力が欲しい」
 するとそこには魔力が残っていたのです。そこには、14滴の雫が残っていたのでした。10滴で十本の指を治し、4 滴で四本の足の指を治しました。しか し、足の小指を治す雫がありませんでした。それで、足の小指は戻りませんでした。しかし、片方の足には四本の指しか ありませんでしたが、その後、大変な喜 びに包まれて、"なにもない"と、魔王の娘は結婚しました。そして末永く幸せに暮らしました。
 メンドリ飼いの女房は、火炙りの刑に処されました。そして菜園夫の娘はお金を取り戻しました。しかし彼女は幸せで はありませんでした。というのも、水に 映った彼女の影は、以前のように醜かったからです。

(日本語訳 Keigo Hayami)


Type 1821A 子供の名前は、「誰か」と名づけられる。
Type 313 娘はヒーローの逃走を助ける
Type 313C 忘れられた婚約者
Type 313H* 魔女から逃れる

Type 408 三つのオレンジ
Type 317A* 農夫の娘は王子を探す

グリム童話集 KHM.113 王さまの子どもふたり
Cf.KHM.51,56,79,186,193

フランス民話集 緑の山 朝倉朗子偏訳 岩波文庫

ギリシア神話 アポロードス
ヘーラクレースの十二功業 5.アウゲイアースの牛小屋 (高津春繁訳 岩波文庫)

ギリシア神話 下 p121 (呉茂一 新潮文庫)

古事記 上 1.黄泉の国
古事記 上 4.根の堅州国

昔話タイプ・インデックス  347 三枚のお札 (日本昔話通観28 稲田浩二 同朋舎)
Cf.昔話タイプ・インデックス  346 鬼の家の便所

  説話一覧

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