イギリスの昔話 三人の馬鹿 by Joseph Jacobs

 むかし昔のこと、父親と母親と娘の3人が暮らしていました。その娘が立派な紳士に求婚されました。紳士は毎晩、 娘に会いにやって来て、その農家で夕食を食べて行くのです。そして、娘は決まって、夕食に出すビールを地下室へとく みに行かされるのでした。
 ある晩のこと、娘は地下室でビールをくんでいて、ふと天上を見上げると、木づちが天上の梁に置いてあるのが目に入 りました。それは長い長い間ずうっとそこにあったに違いありません。しかしどうしたものか、娘はいままで一度もこれ に気づきませんでした。娘は深く考え込み、木づちがそこにあるのはとても危険だと思いました。そして娘はこうつぶや きました。
「彼とあたしが結婚することになれば、子供ができるわね。そしてその子は大人になって、地下室にビールをくみにやっ てくるわ。ちょうど今のあたしのようにね。そして、木づちが彼の頭に落ちて、彼を殺してしまうのよ。なんて恐ろしい ことなの!」
 こうして、娘はロウソクとタンブラーをその場に置くと、長椅子に座って泣き始めました。

 上のみんなは、彼女がずいぶん長いことビールくみをしているものだと心配になりました。そこで母親が彼女の様子を 見におりて行きました。そして、娘が長椅子に座って泣いているのを見つけました。ビールは床にこぼれています。
「一体どうしたんだい。何があったというの?」母親が言いました。
「ああ、お母さん!」娘はそう言って、「ほらあの恐ろしい木づちを見てよ! あたしたちが結婚して、子供ができて、 その子が大人になって、ビールをくみに地下室にやってきたら、この木づちが彼の頭に落ちてきて、殺してしまうのよ!  なんて恐ろしいことかしら!」
「ああ、ああ、なんて恐ろしいことだろう!」母親が言いました。そして、母親も娘のわきに座りともに泣きだしまし た。
 それから、今度は父親が心配しました。父親は二人が戻ってこないので、地下室へとおりて行きました。すると二人が 座って泣いています。そしてビールは全部床に流れ出していました。
「一体どうしたんだい?」父親が言いました。
「どうもこうも」母親が言いました。「あの恐ろしい木づちを見ておくれ。もしあたしたちの娘が恋人と結婚して、子供 ができて、その子が大人になって、ビールをくみに地下室にやってきたら、この木づちが彼の頭に落ちてきて、彼を殺し てしまうのよ! なんて恐ろしいことかしら!」
「ああ、ああ、ああ、それは大変だ!」父親はそう言うと、二人のそばに座ると、父親も一緒に泣きだしました。

 紳士は台所に一人でいることに退屈し、3人がどうなったか見てみようと思って、地下室へとおりて行きました。する とそこでは、親子3人が並んで座って泣いています。そしてビールは床に全部こぼれています。紳士は樽へと駆け寄ると 栓をひねって言いました。
「一体全体、どうしてあなた方3人は、ビールを床にぶちまけたまま、そこに座って泣いているのですか?」
「おお! それはだね」父親が言いました。「あの恐ろしい木づちを見てくだされ。あなたとわたしたちの娘が結婚した ならば、子供ができて、その子が大きくなって、ビールをくみに地下室にやってきたら、木づちが彼の頭に落ちてきて、 彼を殺してしまうのだ!」
 こうして3人は前より一層激しく泣き出しました。しかし、紳士はどっと笑い出しました。そして、手を上にのばして 木づちを引き抜き、そして言いました。
「私は方々旅をしてきましたが、あなた方3人のような大馬鹿者に会ったことはありませんでした。そこで、私はもう一 度旅に出ようと思います。そして、あなた方3人よりも、もっと間抜けな3人を見つけることが出来たら、戻ってきて娘 さんと結婚しましょう」
 こうして紳士は、3人に暇乞いをして、旅に出かけて行きました。娘が恋人を失った。と言って泣いている3人は、そ のまま泣かせておくことにしました。

 それから彼は長いこと旅をしました。そして、ついにある婦人の家へとやってきました。その家は、あばら家で屋根に は草が生えていました。見るとその婦人は、無理やり牝牛にはしごを登らせようとしています。しかし牛は、はしごを登 ろうとはしません。
 そこで紳士が何をしているのかと彼女に尋ねました。
「見て分からないの」彼女が言いました。「あそこにある素晴らしい草をごらんなさいな。牛を屋根に上げて、あの草を 食べさせようとしているのよ。もちろん牛は全く安全よ。だって、牛の首にはひもを巻いて、そのひもを煙突から垂らし て、あたしの手首に結ぶの、こうすれば、家事だって出来るし、牛が屋根から落ちそうになれば、その前に気づくはずで しょう」
「ああ、なんてあなたは馬鹿なんだ!」紳士が言いました。「草を刈って、それを牛に投げてやればよいではないか!」
 しかし彼女は、草を下におろすよりも、牛にはしごをのぼらせる方が簡単だと思いました。そして彼女は、牛を押した り引いたりして屋根に上げると、牛の首にひもを結び、一方を煙突の下に垂らし、そして、自分の手首に結びました。
 紳士はその場を後にしました。しかし、彼がまだ遠くへ行かないうちに、牛が屋根から転げ落ちました。牛の首にはひ もが結ばれていたので、牛は宙ずりになり、首を吊って死んでしまいました。そして、彼女の方は、手首に重たい牛が結 ばれていたので、その重さで、煙突の上に引き上げられ、煙突の途中で身動きできなくなり、彼女は煤だらけになりまし た。

 これが、一人目の大馬鹿者でした。

 それから紳士は旅を続け、夜になり、宿屋に泊まることにしました。しかし、宿屋は満杯で、彼は相部屋に案内されま した。相部屋の相手は、とても陽気な男で、二人は意気投合しました。しかし、翌朝目覚めて、紳士は相方を見て驚きま した。彼はズボンをタンスの取っ手にひっかけて、ジャンプしてそれに両足を突っ込もうとしているのです。彼は何度も 何度もくり返しそれを試みるのですが、うまくできないでいました。
 紳士は彼が何のためにそんなことをしているのかと不思議に思っていたのですが、ついに相方はそれを中断して、額の 汗をハンカチでぬぐいました。
「ああ、これはこれは」相方が言いました。「私は思うのですがね、ズボンほど厄介な衣服はありませんな。こんなもの を作り出した人の気が知れませんね。こいつをはくのに、毎朝一時間もかかりますからね。汗が出てかないません。あな たはどうやってはいていますか?」
 紳士はこれを聞いて、ゲラゲラ笑い出しました。そして、どうやってズボンをはけばよいのか教えてやりました。男は 紳士に大変感謝して、そうやってズボンをはけばよいなんて、今まで思いもよりませんでしたよ。と言いました。

 これがもう一人目の大馬鹿者でした。

 紳士はまた、旅を続けました。そしてある村へとやって来ました。その村の外れには池があり、その池を人々が取り巻 いていました。そして、人々は熊手やほうきや、干草を集めるフォークで池をさらっていました。紳士が何をしているの かたずねました。

「どうもこうもないよ」人々が言いました。「池に落っこちた月を、かきだそうとしているのだが、どうにも出来ないの だ」
 紳士はそれを聞いてゲラゲラ笑い出しました。そして彼らに、空を見上げるように言いました。そして、それは水に 映った影でしかないということを教えてやりました。しかし彼らは、紳士の言うことなど聞こうともせずに、あろうこと か、紳士を怒鳴りつけました。そこで紳士は、急いでそこから逃げ出しました。

 家にいる三人の馬鹿よりも、ずうっとひどい馬鹿がいたのです。そこで、紳士は家に引き返して、農夫の娘と結婚しま した。その後、彼らが幸せに暮らしたかどうかは、我々の知ったことではありません。

(日本語訳 Keigo Hayami)


Type 1408 妻の仕事をする夫。
Type 1450 賢いエルゼ。 
Type 1384 夫は、妻と同じくらい間抜けな者三人を探す。 
Type 1210 牛は、餌のために屋根につれて行かれる。 
Type 1286 ズボンに飛び込む。
Type 1335A 月を助ける。
Cf.Type 1229* 干し草用のフォークで、木の実をすくう。

KHM34 知恵者エルゼ
KHM104 知恵のある人たち

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