ケルトの昔話 忠犬ゲラート (Jacobs)
ルーウェリン王子には、大変お気に入りの犬がいた。この犬は、舅のジョン王より贈られたものなのだが、グレーハ
ウンド種で、名をゲラートと言った。ゲラートは家では、子羊のようにおとなしかったが、狩りの際には、獅子の如くに
勇猛であった。ある日のこと、王子は狩りに出かけようと、城の前でラッパを吹き鳴らした。他の犬たちは皆、そのラッ
パの音を聞きつけると駆けつけたのだが、ゲラートだけはやってこなかった。そこで、王子は更に勢いよくラッパを吹
き、そしてゲラートの名前を呼んだ。しかし、それでもゲラートはやってこなかった。ルーウェリン王子は、ついに業を
煮やして、ゲラートを連れずに狩りに出かけて行った。その日の狩りは惨憺たるものだった。いつも、獅子奮迅の働きを
するゲラートがいなかったからだ。
王子は腹を立てて城へ戻った。王子が城門の前にやってくると、ゲラートが王子を慕って飛び出して来た。しかし、ゲ
ラートが側までやってきたとき、王子はギョッとしてあとずさった。ゲラートの舌と牙から血が滴り落ちていたのだ。ゲ
ラートは、主人の反応が思いがけなかったようで、恐縮したかのように足元に蹲った。
さて、ルーウェリン王子には、まだ1歳の息子がいたのだが、王子の胸を、恐ろしい考えがよぎった。ゲラートはこの
赤ん坊とよく遊んでいたのだ。王子は猛烈な勢いで赤ん坊の部屋へと向かった。部屋に近づくごとに、たくさんの血が飛
び散り、物はそこらじゅうに散乱していた。王子が、部屋に飛び込むと、べっとりと血のついた赤ん坊の揺りかごがひっ
くり返っていた。
ルーウェリン王子の懐いていた恐れは、どんどん現実のものとなっていった。王子は赤ん坊を血眼になって捜した。し
かし、血塗られた凶行の跡が見つかるばかりで、赤ん坊の姿はどこにもなかった。この期に及んで、王子はゲラートが赤
ん坊を殺したのだと悟った。そして、犬に向かって叫んだ。「この化け物め! 汝は、わが息子を食らいおったな!」
王子はこう言うなり、剣を抜くと、グレーハウンドの脇腹に突き刺した。ゲラートは、深い唸り声を上げて崩れ落ち
た。しかしそれでも彼は、主人の目を見つめていた。
ゲラートが死の床に就こうとして、一声鳴いた時のことである。揺りかごの下からそれに応えるかのように、赤ん坊の
泣き声が聞こえてきた。ルーウェリンは、赤ん坊が無事であることを知った。赤ん坊はたった今、眠りから覚めたところ
だったのだ。そして、赤ん坊のすぐ脇には、バラバラに引き裂かれて、血まみれになった恐ろしく大きな狼が横たわって
いた。ルーウェリンは、自分が留守をしている間に何があったのかを悟った。しかし気づくのが遅すぎた。ゲラートはこ
の子を守るために後に残ったのだ。そして、彼の息子を食らおうとした狼と戦って、やっつけたのだ。
ルーウェリンは嘆き悲しんだが無駄であった。この忠犬を生き返らせることはできないのだ。ルーウェリンは、城壁の
外側の、峨々たるスノードン山の見える場所に彼を埋葬した。ここを訪れる人は、皆、彼の墓に参り、そして石を積み上
げるので、そこは巨大なケルンとなっている。そして今日でもその場所は、「ゲラートの地」あるいは、「ゲラートの
墓」と呼ばれている。
(日本語訳 Keigo Hayami)
Type 178A ルーウェリンと彼の犬 (バラモンとマングース)。
ゲスタ・ロマノールム XXVI. CESAR THE EMPEROURE.
(HOW A GREYHOUND SAVED A CHILD FROM A SERPENT.)Harl.
MS. 7333.
イソップとその他の話 THE FARMER AND HIS DOG.
パンチャタントラ p431 マングースを殺した女 (田中於莵・上村勝彦訳 大日本絵画)
ヒトーパデーシャ p250 ナクラと婆羅門の話 (金倉圓照・北川秀則訳 岩波文庫)
カリーラとディムナ p212 信心家といたち (菊地淑子訳 東洋文庫)
その他 ユダヤの物語 捜神記 今昔物語 日本昔話 etc.
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