千夜一夜物語 388 間抜けといかさま師  バートン版


 ある日のこと、間抜けが驢馬の端綱を後ろ手で曳いて歩いていた。それを二人のいかさま師が見て、一人がこう言った。
「あいつからあの驢馬をちょろまかしてみせる」
 するともう一方が尋ねた。
「どうやってやるんだ?」
「まあついてきな、見せてやるから」
 男はこう答えると、驢馬の所へと歩みより端綱をほどいた。そして、もう一方の仲間にこの驢馬を渡した。そしてほどいた端綱を自 分の頭に結び、この間抜けの後について歩いた。そして仲間が驢馬を連れ去って見えなくなると、ぐっと歩みを止めた。
 間抜けは端綱を引っ張った。しかしいかさま師は身じろぎもしなかった。そこで間抜けは後ろを振り返った。すると端綱が人間の首 に巻かれているのだった。

「あんたは一体なんなんだ?」
 間抜けが尋ねると、いかさま師がこう答えた。
「わたしは、あなたの驢馬なのです。摩訶不思議な話なのですが、わたしの話を聞いて下さい。わたしには信心深い年老いた母親がい るのですが、ある日わたしは酔っ払って母親のところに行ったのです。すると母親はわたしにこう言いました。おお、せがれよ。こん な不始末を仕出かしたことを、全知全能の神に懺悔しなさい。しかしわたしは、杖をつかむと、母親を殴りつけたのです。すると母親 はわたしに呪いをかけ、アッラーの神はわたしを驢馬に変え、あなたの手に委ねました。
 それで今までこうしていたのです。ところが、今日になって、母親がわたしのことを思い出し、わたしを憐れみました。それで母親 はわたしのためにお祈りしたので、神様はわたしを、アダムの息子たちと同じもとの人間の姿にもどしてくれたのです」

 すると間抜けが叫んだ。
「偉大で栄光あるアッラーの他に、威力も権力もありません。アッラーにかけて、わが兄弟よ、どうか君に乗ったりしたことをゆるし てくれ」

 こうして間抜けはいかさま師を行かせてると、ワインで酔ったかのように、後悔と心配に酔いしれて家へと帰って行った。すると妻 が尋ねた。
「一体なにを思い悩んでいるの? それに驢馬はどうしたんだい?」
 そこで彼はこう答えた。
「あの驢馬がなんであったかお前は知らないんだろう。それを聞かせてやろう」
 間抜けはそう言って妻に話を聞かせてやった。
「おお、なんてことでしょう」妻が叫び声を挙げた。「あたしたちは、全能の神、アッラーから罰を受けることになるのよ。どうして 人間を重荷を運ぶ獣としてこき使い続けたのかしら?」
 そこで彼女は贖罪のためにお供え物をして、神様に許しを乞うた。間抜けはそれからしばらくは、何もせずに無為に家で過ごしてい た。そこで妻は亭主に言った。
「いつまであんたは、しょげて何もしないでいるだい? 市場へ行って驢馬を買っておいでよ、そしてその驢馬を使って働きなさい よ」

 そこで間抜けは、市場へと出かけて行った。そして驢馬のところで足を止めた。よく見ると、それは自分の驢馬が売られているの だった。そこで間抜けは驢馬へと近寄り、驢馬の耳元に口を当ててこう言った。
「おいこら、このごくつぶしめ。お前がまた驢馬になったということは、おっかさんをまた殴ったんだろう。だが、アッラーにかけて 俺はお前をもう買ってやらんよ」
 間抜けはこう言ってそこから離れて行ってしまった。

(日本語訳 Keigo Hayami)


参考:
Type 1529 泥棒は馬に変えられたと主張する。
ホジャの昔話
巌谷小波 馬盗人
歌舞伎 馬盗人
古典落語 仏馬
ハンガリー民話 呪われた修道士
                        
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