千夜一夜物語 2.1.1 シンディバッド王の鷹の話 バートン版

(全知全能のアッラーはご存知であるが ) ファルスに、王の中の王がいたそうだ。この王は、気晴らしや娯楽を好み、特に、狩猟が大好きだった。彼は一羽の鷹を育て上げ、狩りに行く時はいつでも 連れて行き、自分の拳に一晩中乗せて運ぶのであった。彼は、鷹に水を飲ませために、黄金のカップを作らせ、その首に ぶら下げていた。

 ある日のこと、王が宮殿で静かに座っていると、王室お抱えの鷹匠が突然こう言った。
「王さま、今日は鷹狩をするには、うってつけの日です」
 そこで王は、あれこれ命令すると、拳に鷹を乗せて出掛けて行った。一行は、陽気に進んで行き、沢のところまでやっ て来た。そこで彼らは、狩りのための網を、丸く張り巡らせた。と、その時、一頭のガゼルが、仕掛けた網の中へと入っ てきた。

 すると王が叫んだ。
「あのガゼルに頭を跳び越えられて、逃がした者は、死刑だ」
 彼らが網を狭めて行くと、ガゼルは、国王のいる所に追い込まれていった。すると、彼女は、後ろ脚で身を支え、まる で、地面にキスをするかのように、王の前にぬかずき、前脚を胸の上で交差させた。そこで国王は、この獣に礼を返すた めに、頭を下げた。と、その時、彼女は高く飛び上がり、国王の頭を越えて、逃げて行った。
 それから、国王は家来たちの方に向き直ると、彼らが、目をしばたたかせたり、自分を指さしたりしているのに気づい た。そこで、彼は尋た。
「大臣よ。家来たちは何と言っておるのだ?」
 すると大臣が答えた。
「彼らは、王さまが、宣言されたことについて言っているのです。ガゼルに頭を跳び越えられて逃がした者は、死刑にす ると仰られたではないですか」
 すると国王が言った。
「よし、この首のかけて、追いかけて、連れ戻してみせる」

 こうして、王は、馬を駆って、必死にガゼルの跡を追いかけた。峰の連なる丘の麓へとやって来ると、ガゼルは洞穴へ と向った。そこで、王は、獲物に向って鷹を放った。間もなく鷹は、ガゼルを補足すると、急降下して、その鉤爪をガゼ ルの両目に打ち込んだ。彼女は、目が見えなくなり慌てふためいた。王が、槌鉾を抜き、一撃を食らわせると、獲物はご ろりと転がった。そこで、王は馬から降りると、ガゼルの咽喉を切り、皮を剥ぎ、鞍頭にぶら下げた。

 その時は、昼寝をする時刻だったので、荒野は干上がり乾ききっており、一滴の水さえどこにも見当たらなかった。王 は咽喉の渇きを覚えた、そして馬もまた咽喉が渇いていた。そこで王は、水を探し回り、ついに、木から水が滴り落ちて いるのを見つけた。それは溶けたバターのように、大枝から滴っていた。
 毒から身を守るために、皮の手袋をしていた王は、鷹の首からカップを取り、その水を満たすと鳥の前に置いた。する となんと、鷹は、爪でカップを払いのけ水をぶちまけてしまった。王は、もう一度、カップを滴る水で満たした。鷹も咽 喉が渇いていると思ったのだ。しかし、鳥は、またもや、爪で払いのけカップをひっくり返してしまった。王は鷹に腹を 立て、これで三度目カップを満たすと、今度は馬に差し出した。すると、鷹は、羽をばたつかせて、カップをひっくり返 してしまった。

「アッラーよ、こ奴を懲らしめてください。不吉な鳥め! お前は、儂に水を飲ませぬだけでなく、自分も飲まず、馬に も飲ませない」
 王はこう言うと、剣を抜いて鷹に斬りかかり、その羽を斬った。しかし、鳥は頭を持ち上げて、身振りでこう言った。 「木の上にぶら下っている、あいつを見てください!」
 そこで、王は、上を見上げた。すると毒蛇とおぼしき者が目に飛び込んできた。王が水だと思っていたのは、そのヘビ の毒だったのだ。王は、鷹の羽を斬ったことを後悔し、馬に乗ると、死んだガゼルを乗せて駆け出し、最初の幕営地に到 着した。

 彼は料理人に獲物を投げると、「これを焼いておけ」と言い、そして椅子に座った。鷹は王の拳の上に、いまだに、と まっていたが、突然喘ぎ声を上げて死んだ。王は悲嘆に暮れて叫び声を上げ、命を救ってくれた鷹を殺してしまったこと を悔いた。

 (日本語訳 Keigo Hayami)


Type916. II.(c) 鷹と毒の水。
B331.1. 忠実な鷹は誤解から殺される。

Type178 忠実な動物が軽率に殺される。
B331 有用な動物は、誤解から殺される。

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