寓話の時代 Chapter XI カリュドンの狩猟 Thomas Bulfinch イアソンの金羊毛の探求は、当時、ヘラスと呼ばれていたギリシア全土の英雄の支援を受けた。この冒険は、当時、小さな王国に分かれていたギリシアの人々に、自分たちは、本来一つの民族であるということを、意識させた最初の偉業であった。 金羊毛の探求の英雄イアソンは、他のギリシアの英雄たちと共に、カリュドンの狩猟に参加した。しかし、ここでの一番の英雄は、カリュドンの王オイネウスとその妃アルタイアの息子、メレアグロスであった。 アルタイアは、息子が生まれた時、悲運の糸を紡ぐ三人の運命の女神を見た。その女神たちは、この子は、炉辺の丸太が燃え尽きるまでの命だと予言した。 ある時、オイネウス王は、神々に生贄を捧げたのだが、ディアナ女神に対しては、相応の生贄を捧げるのを怠った。ディアナ女神は無視されたことに腹を立て、カリュドンの畑の畝をなぎ倒し荒廃させるために、巨大な野猪を送り込んだ。その目は血ばしり燃え立つように光り、その剛毛は怒れる槍のように逆立ち、その牙は、インドの象のように巨大だった。大きく育った穀物はなぎ倒され、ブドウやオリーブの木々も荒廃し、羊や牛の群れは、残虐な屠殺者に、追い立てられて右往左往した。 しかし彼らはすでに、怪物の棲みかの近くへとやって来ていた。彼らは、木から木へと強い網を張り巡らし、犬たちを解き放ち、草の上の獲物の足跡を見つけ出そうとした。森から湿地へと下る坂があった。そこに、目指す猪がいた。葦草の中に横たわっていた野猪は、追撃者の吠え声を耳にすると、彼らの前に躍り出た。一・二匹と振り飛ばされて殺された。イアソンは、ディアナ女神に成功の祈りを捧げて槍を投じた。イアソンに好意を寄せている女神は、彼の槍が獲物に触れることは許した。しかし、傷つけることは許さなかった。女神は槍が飛んで行くときに、鉄の穂先を取り払ってしまったのだ。 すると、周りから歓声が上がった。彼らは獲物を仕留めたメレアグロスを称え、彼に握手を求めようと押し寄せた。彼は、骸となった猪に足を置き、アタランテの方を向くと、彼の勝利の戦利品である、頭と剛毛に覆われた皮を捧げた。しかしこのことが、残りの者たちを、嫉妬の争そいに駆り立てた。中でも、アルタイアの兄であり、メレアグロスの伯父にあたるプレクシッポスとトクセウスは、その贈り物に反対した。二人は、娘が受け取った戦利品を奪い取った。メレアグロスは、自分になされた無礼に怒りに燃えた。そして、愛する彼女へなされた侮辱に一層いきり立ち、伯父であることも忘れ、不正者たちの心臓に剣を突き刺した。 アルタイアが、息子の勝利に感謝して神殿に供え物を持って行こうとしている時、殺された兄たちの遺体が、彼女の目に飛び込んできた。彼女は泣き叫んで胸を打ち、晴れの衣裳を脱ぎ捨てると、すぐさま喪服を身にまとった。しかし、凶行の張本人が知れた時、彼女の悲しみは、自分の息子へ対する激しい復讐心へと道を譲った。かつて彼女が炎の中から取り出した運命の燃えさし。・・・天命により、メレアグロスの命と結びついた燃えさし。・・・彼女はその燃えさしをもってくると、火をおこすようにと命じた。彼女は、四度、積み薪の上に燃えさしを置こうとし、そして四度それを引っ込めた。自分の息子を破滅させるその考えに身震いした。母親としての感情と、妹としての感情が彼女の心の中で争った。自分のしようとしていることを思い蒼白となり、そして、我が子の行いを思い、再び怒りが燃え上がる。 アルタイアの心は、風に流され、潮に引き戻される船のように、どちらにも決めかねて彷徨った。しかし、とうとう、妹としての感情が、母親としての感情を支配した。そして彼女は、運命の薪をつかむと、「復讐の女神のフリエ様! 私が捧げます生贄をご覧下さい。 罪は罪で償わなければなりません。テスティオスの家が悲嘆にうちひしがれているのに、オイネウスは、勝利した息子を喜んでいられるでしょうか? (テスティオスは、トクセウスとプレクシッポスとアルタイアの父親であった) しかし、なんてことでしょう! その行為に、私は堪えられるでしょうか? 兄さんたち、母の弱さを許して下さい! この手が私に逆らうのです。息子は死に価する罪を犯しました。しかし、私がこの手で殺さねばならぬのでしょうか。しかし、あなた方、私の兄たちが、復讐もされずに、黄泉の国を彷徨っているというのに、生きながらえた息子が、勝利者としてカリュドンに君臨するのを、見過ごしておけるでしょうか? 否! お前は私の計らいで生きてきたのです。今度こそ、自分の犯した罪により死ぬのです。最初にお前を生み、そして炎の中からこの燃えさしを取り出して、二度与えた命を返すのです。ああ、あの時お前が死んでいたならば! おおなんてことなの! 勝つことが不幸だなんて。でも、兄さんたち。あなたたちこそが勝利者なのです」こうして、彼女は顔を背けたまま、運命の丸太を燃え盛る炎の中に投げ入れた。 丸太が炎に投げ込まれると、断末魔のような悲鳴が上がった。あるいは、悲鳴のように聞こえただけなのかも知れない。そして、ここにいもしないメレアグロスは、わけもわからず、突然の激痛に襲われた。彼は炎に焼かれていたのだが、勇猛なプライドによって、その破滅をもたらす苦しみに耐えていた。彼は、血を流すことのない不名誉な死により命を落とすことだけを悲しんだ。最後の苦しみの中で、彼は年老いた父親、そして兄、優しい姉たち、最愛のアタランテの名を呼んだ。そしてこの災いが誰によりもたらされたかも知らずに、母親の名前も呼んだ。炎は勢いを増し、勇者の苦しみも一際高まった。と、突然静寂が訪れた。両者とも瞬く間に冷たくなった。燃えさしは灰となり、メレアグロスの命は、彷徨う風に散り散りに飛ばされた。 事がすむと、アルタイアは、自分自身に凶行を加えた。メレアグロスの姉たちは、途方も無い悲しみに押しつぶされて泣き続けた。女神ディアナも、かつてはこの家に懐いていた憎しみをおさめ、憐憫の情を起こし、彼女たちを鳥に変えてやった。 (日本語訳 Keigo Hayami) 別な版では、(CHAPTER XVIII
メレアグロスとアタランテ)
変身物語 上 p320(中村善也訳 岩波文庫) Type 1187 メレアグロス |
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