死神について 2 (類話について)

先には、古典落語の「死神」と、Type332番に代表されるグリム童話の「死神の名づけ親」などについて見てみたのですが、今回はこれらの話の類話について見てみたいと思います。


ハンガリー民話集30『セーケイのかみさんと悪魔』
(オルトゥタイ 徳永康元・石本礼子・岩崎悦子・粂栄美子 編訳 岩波文庫)参照  

 昔、一人のかみさんがいた。このかみさんは、大変な天邪鬼で、何でもかでも逆さまに振舞った。亭主が、昼飯を早く畑に持ってきてくれと言うと、のんびり歩いて届け、もっとうまい飯を持ってきてくれと言うと、まずいのを届けた。ある時、亭主はやり方を変えて、「昼飯はあまり早く持ってくるな。それに、豪華にする必要もない」と言った。  
 すると、かみさんは、早々と、そのうえ豪華な昼飯を届けた。翌日、亭主は一計を案じ、畑の隅に深い穴を掘った。かみさんが昼飯を持って畑にやって来ると、亭主がかみさんに言った。
「おい、穴に近寄るなよ、落ちたら大変だからな」  
 かみさんは、穴の傍らに近づいた。
「気をつけろ、落ちるなよ」  
 かみさんは、もちろん、穴に落ちた。亭主は、かみさんを置き去りにして家に帰った。かみさんは、必死になって穴から出ようとしたが、出られないので、こんなふうにつぶやいた。
「悪魔でも誰でもかまやしない、ここから出してくれないかね」  
 なんと、悪魔が一匹そこにいて、かみさんにこう言った。
「あんたをここから出してやるために来た。さあ、背中に乗りな」  
 かみさんは、背中に乗り、穴の外に出ることができた。すると悪魔が言った。
「さあ、もう降りていいぞ」  
 かみさんが答えた。
「降りるもんかい」  
 悪魔が言った。
「まあ、いいさ、今に降りることになるからな」言うが早いか、悪魔は山から山へと疾走した。だが、そのうち悪魔は疲れ果てて、腰を降ろして、こう言った。
「背中から降りろよ」  
 かみさんが答えたる。
「降りるもんかい」
 悪魔は、また疾走し、へとへとに疲れて、つぶやいた。
「もう、背中から降りてくれよ」
 かみさんが答えた。
「降りるもんかい」  
 悪魔が困り果てていると、軽騎兵が一人やって来た。悪魔は軽騎兵に声をかけた。
「兵隊さん、このかみさんを背中からどけてくれたら、おまえさんを王さまにしてやるぞ」  
 軽騎兵は、サーベルを抜いてかみさんに、降りないと真二つに斬るぞとおどした。だが、かみさんは、答えて言った。
「降りるもんかい」  
 軽騎兵は剣を振り回し、声を張り上げた。
「背中から降りるんだ。さもないと、命は失くなるよ」  
 かみさんが答えたる
「降りるもんかい」
 軽騎兵が言った。
「それなら、座ったまま地獄へ行くがいいさ」
「座ってなんかいるもんかい」そう言うと、かみさんは背中から飛び降り、悪魔は、風のごとくに逃げ去った。
 翌日、悪魔はこの軽騎兵を王さまにするため、橋の下で待ち構えていた。
「兵隊さん、かみさんは来ていないだろうね」
「来ていないから、心配するな」
「さて、おまえを王さまにしてやるから、王さまの娘のところへ行くのだ。おまえが来るまで、おれは王女に取り憑いている。王さまは、おれを追い出すことのできた者に王女を嫁がせると約束するだろう。だが、おまえ以外に追い出せる者はいない。おまえは、ただ、「悪魔よ、そこから出てこい、わたしが王女を囚にしたいのだ」と言えばよい。だが、おれは、その後、別の王女を囚とするが、おれをそこから追い出してはならんぞ。さもないと、わしはおまえに取り憑き、永久におまえのなかに住みつくからな」  
 軽騎兵は王さまの所へ行き、今すぐ悪魔を追い出して見せましょうと申し出た。軽騎兵は悪魔に向かって言った。
「悪魔よ出てこい、おれは王女を囚にしたいのだ」  
 悪魔は、たちまち飛び出し、軽騎兵は王女を嫁とし、王となった。  
 さて、ある時、悪魔が別な王女に取り憑いた。かの元軽騎兵は、その王女のところにも呼ばれたが、悪魔の命令があったので気が進まなかった。それでも、金、銀、財宝を山ほど約束されたのでとうとう出かけることにした。元軽騎兵は悪魔に呼びかけた。
「悪魔よ出てこい、わたしは王女を囚にしたいのだ」  
 悪魔は素早く飛び出し、元軽騎兵の身体のなかに入りこもうとした。ところが元軽騎兵は悪魔を足で踏みつぶし、こう言った。
「おい、悪魔よ、かみさんがやって来るぞ」  
 仰天した悪魔は、聞くが早いか、地に足が着かないほど速さで逃げ出した。


 思わず笑ってしまうようなとても面白い話なのですが、この話は、インドにも分布するType 1164Dの類話で、前半部分の「天邪鬼の女房(Type 1365)」という話と、後半部分の「取り憑いた悪魔を退散させる(Type1862B)」という二つの話からなっています。そしてこの話でも、悪魔は名前を呼ばれただけで出現しています。

 前半部分の「天邪鬼な女房」の、「自分の欲することと逆のことを言って、天邪鬼の女房に、自分のしてもらいたいことをさせる。(Type 1365J*) 」というような話は、昔話といわず、小さな子供を持つ親は、これを実践しているかもしれません。「お片づけをしなさい」と命ずるよりも、「○○ちゃんは、まだ小さいから、お片づけなんか出来ないわよね」とか、「○○ちゃんは、散らかったのが好きなんでしょうから、お片づけなどしなくてもいいわよ」などと言ったほうが、案外子供はきちんと片付けをするものです。  
 後半部分の「取り憑いた悪魔を退散させる」という話については、これは、先の「死神の名付け親」の、「死神を出し抜く」というモチーフのバリエーションと考えることができると思います。
 次に、「命のロウソク」の類話を見てみます。


イギリス民話集『ペンゲリー氏と悪魔』 (河野一郎 編訳 岩波文庫)参照  

 ペンゲリー氏は重病で、死にかけていた。そこにある晩、悪魔がベッド脇にやって来て、彼を連れ去ろうとした。ペンゲリー氏は、「お祈りがしたい」などと言って、なんとか引き延ばそうとする。すると悪魔がこう言った。
「それじゃ、ペンゲリーさん、ひとつ公正な取引きをしよう。あんたも若いころは、ずいぶんとわたしのために尽くしてくれたからな。あそこにあるろうそくが燃えているあいだだけ、生かしておいてやろう」
「それはどうも、おありがたいことで、でも、たいへんすみませんが、あっちの部屋へ行ってくれませんかね? 安心してお祈りができんものだから」
「それもかなえてやろう」と言って、悪魔はペンゲリー夫人を捜しに行った。
 悪魔が背を向けるや否や、ペンゲリー氏はベッドから飛び起き、短くなったろうそくを消し、ろうそく箱の中へほうり込み、箱ごとベッドの下へ押し込んだ。
 やがて、悪魔が部屋に入って来て言った。
「さあ、ペンゲリーさん、いよいよまっ暗闇ですな。どうやらろうそくは燃えつきたようだ、わたしといっしょに来ていただこう」
「暗いといったって、地獄ほどじゃないもんね。ろうそくは燃えつきちゃおらんし、これからだって燃えつきやしないよ。ちゃんとろうそく箱に隠してあるからね。あんたに来て欲しいときには、使いの者をやるよ」  
 ペンゲリー氏は今もまだ健在だが、彼の農場を訪ねる客も、ろうそく箱の中に何をしまってあるのかは訊かないほうがいい。うっかり訊こうものなら、もう七十八になる爺さんだが、ペンゲリー氏は椅子から飛び上がり、訊いた客の背中を杖でぶっ叩くだろう。この話を聞かせてくれた人の言うには、「噂じゃ、ペンゲリー氏のかみさんは何とかあのちびたろうそくを捜し出し、すっかり燃やしちまおうと、もう何十回となくやってみたんだが、だんなはかみさんのやることに目を光らしとって、悪魔からと同じくらい、女房からもしっかり隠しとるんだと」


この話もとても面白いのですが、「死神の名づけ親」では、ろうそくが消えると、死んでしまうのですが、「ペンゲリー氏と悪魔」では、ろうそくが燃えつきるまで、ということになっており、ペンゲリー氏は、ろうそくの火を消して、箱にしまってしまいます。 (Type 1187)
 では、この話は、「死神の名付け親」から変容したのか? というとどうやら違うようです。


寓話の時代 Chapter XI カリュドンの狩猟 Thomas Bulfinch  

 アルタイアは、息子のメレアグロスが生まれた時、悲運の糸を紡ぐ三人の運命の女神を見た。彼女たちは、この子の命は、炉辺の丸太が燃え尽きるまでだと予言した。アルタイアは燃えさかる丸太を取り出して消すと、メレアグロスが、子供から若者にそして成年に達する間、何年もの間、慎重にその丸太を保管した。

以下省略 全文はこちら


 この話は、オウィディウスの変身物語の8.206に出てくる話ですので、起源はかなり古いものと思います。そしてイギリス民話集の「ペンゲリー氏と悪魔」は、このメレアグロスの出生話から変容したものに違いありません。
 このように見てみますと、「死神の名付け親」における、「寿命のロウソク」のモチーフは、もともとは、「丸太が燃えつきる時に寿命が尽きる」という話が、「ロウソクが燃えつきる時に寿命が尽きる」という話となり、それが、「ロウソクが消えると寿命が尽きる」というような話に変容したように思われます。

最後に、日本の昔話を見てみます。



昔話タイプ・インデックス0031 寿命のろうそく
(日本昔話通観28 稲田浩二 同朋舎)

(1)兄が大病になり、弟が夢枕に、はしごを下げるから知恵をつかえ、と見る。
(2)弟が天から下がったはしごを伝わって上り、鬼の番所を通り抜けて女に会う。
(3)女の教えで兄の寿命のろうそくを立て直し、親類の者のろうそくを継ぎ足して帰ってくる。
(4)兄の病気が治り、兄弟は金持ちになる。

2001/05/16

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