落語『死神』について

 古典落語には、外国の民話や昔話と共通する噺がいくつか見られるようです。その中で一番有名なのが、「死神」という噺だと思います。そこで、円左という落語家がやった噺と、グリム童話などを比べてみたいと思います。
 次は、落語『死神』(今村信雄編「落語全集」金園社) を基に、話を構成する重要な要素を抜き出してつなぎ合わせたものです。

1.金に困っている男は死神と出会う。(a)男は、貧乏で子供に名付け親をあてがう金がない。(b)男は金策に出かける。(c)男は途方に暮れ、たまたま、「死神」という言葉を発すると、死神が現われる。

2.死神の贈り物。(a)死神は男に、病人の生き死にを言い当てる方法を教える。(b)死神が病人の枕もとにいるとき、その病人は助からないが、死神が足元にいれば病気は治る。

3.散財。(a)男は病人の生き死にを言い当てて、金持ちになる。(b)子供に立派な名付け親をあてがう。(c)そして金を散財する。

4.再度医者を始める。(a)無一文になった男は、以前、死神と出会った場所へ行く。すると死神が現われる。(b)そしてまた死神の援助を受けて医者を始める。

5.騙された死神。(a)男は、布団の四隅を4人の男に持たせて、病人の頭と足を反転させて、死神を出し抜く。(c)男は大金を手にする。

6.寿命のロウソク。(a)腹を立てた死神が男を寿命のロウソクのある場所へと連れて行く。(b)男のロウソクはとても短くなっている。(c)それは、大金と引き換えに自分のロウソクを病人に与えてしまったからだ。(d)男は長いロウソクを接ごうとするが、プツと消えて死ぬ。

 この噺の原話を探すには、1番から6番までを全てを満たす話を見つければよいのですが、しかし、これらを全て満たす話が見つかるかどうかは分かりません。というのも、原話を落語に翻案する際に、落語家がかなり手を加えている可能性があるからです。 そこでまず、アーネル・トンプソンの"The Types of the Folk-Tale" の基本的な話型を見てみたいと思います。

Type 332 死神の名づけ親。医者の話。病人の足元にいる死神(ベッドまたは病人を反転する)。

1.死神の名づけ親。(a)貧しい男が名づけ親に死神を選ぶ。(b)それは、死神が神様や悪魔よりも公正だと考えたからだ。

2.死神の贈り物。(a)死神は男に、または(b)彼の息子に、(c)ベッドの頭、または、足元に死神が立っているのを見ることが出来る能力を与える。これにより、病気がどうなるかを予測することができる。

3.騙された死神。(a)医者は、決められた時間に、祈りを言い終えないことで、死神を裏切る。または、(b)死神が足元に立っていた時に、ベッドを反転することで死神を裏切る。

4.死神の仕返し。(a)男を騙して、祈りを終えさせることで報復する。または、(b)男に地底にある命の灯火を見せ、その中にある男の火を消すことで報復する。

 さて、これが一般的な話形なのですが、これを、落語の「死神」と比較してみます。

1.(b)男は金策に出かける。(c)男は途方に暮れ、たまたま、「死神」という言葉を発すると、死神が現われる。

3.散財(a)男は病人の生き死にを言い当てて、金持ちになる。(b)子供に立派な名付け親をあてがう。(c)そして金を散財する。

4.再度医者を始める。(a)無一文になった男は、以前、死神と出会った場所へ行く。すると死神が現われる。(b)そしてまた死神の援助を受けて医者を始める。

6. (c)それは、大金と引き換えに自分のロウソクを病人に与えてしまったからだ。

 以上の部分が、Type332には見られないモチーフなのですが、では、この部分全てが翻案か? といいますと、どうも違うように思えます。

1. (c)男は途方に暮れ、たまたま、「死神」という言葉を発すると、死神が現われる。

このように、「名前を呼ぶとそいつが現われる」というようなモチーフは、民話や昔話などでよく使われるものです。例えば、イソップ寓話の老人と死神という話では、重い荷物を運ぶのに疲れ果てた老人が、「ああ、死んでしまいたい」と言った途端に、死神が現われます。また、ブルガリア民話の、「巨人オッフと三人の娘」という話では、疲れた男が、空井戸のわきで休んで、「オッフ」と息をつくと、空井戸の中から「オッフ」という巨人が現われます。

6.(c)それは、大金と引き換えに自分のロウソクを病人に与えてしまったからだ。

 大金と引き換えに、自分のロウソクを与えてしまう。というモチーフについても、全くの創作とは思えません。北欧民話の「蝋燭をつぐ話」(大木篤夫)では、主人公はそうとは知らずに、息子のローソクを自分のロウソクに継ぎ足して、息子の寿命が短くなるというモチーフが含まれています。おそらく、落語の原話にも、ロウソクの交換というモチーフがあったものと思われます。

3.「散財」というモチーフについてですが、これは例えば、芥川竜之介の「杜子春」のように、主人公は、「金持ちにしてもらっては、散財し、また金持ちにしてもらっては散財する」というような、モチーフが元々あったのかもしれませんが、翻案の過程で付け加えられたようにも思えます。

1.(b)男は金策に出かける。 3.(b)子供に立派な名付け親をあてがう。

 落語では、男は「名付け親」を探すのではなく、名付け親を子供にあてがうための資金を調達するために歩き回り、そして、「死神」が名付け親にはならずに、儲けた金で、立派な名付け親を息子にあてがっているのですが、この辺りはどうも落語家の翻案のように思えます。
 ちなみに、西洋の「名付け親」(Godfather, Godmother)というのは、日本の「名付け親」とは意味が違うようです。日本で名付け親は、単にその子供の名前をつける人のことですが、西欧の「名付け親」とは、一般の名前とは別に、「キリスト教の洗礼の時に、宗教的な名前を付ける人」を指すようです。


 次に、日本でも有名なグリム童話と比較してみたいと思います。

KHM44『死神の名づけ親』

2.死神の贈り物。(a)死神は男に、病人の生き死にを言い当てる方法を教える。

グリム童話では、病人を治す能力が与えられるのは、男ではなく、名づけ子になっています。

2.死神の贈り物。(b)死神が病人の枕もとにいるとき、その病人は助からないが、死神が足元にいれば病気は治る。

グリム童話では、死神の位置が逆になっています。

5.騙された死神。(a)男は、布団の四隅を4人の男に持たせて、病人の頭と足を反転させて、死神を出し抜く。

グリム童話では、医者は「病人を抱きかかえて反転する」という具合になっています。

この他、グリム童話では、死神に薬草を教えてもらってそれを与えることになっていますが、落語の方では、薬草や薬は出てきません。

 以上の点から考えてみると、落語の「死神」はKHM44『死神の名づけ親』から直接翻案された可能性は低いように思われます。それは、グリム童話のKHM42『名づけ親さん』についても同じことが言えます。
 しかし、グリム童話の断片として、金田鬼一が紹介している、金田番号49イ『死神の名づけ親(第二話)』では、死神が病人の頭に立っていたら病人は死に、足元に立っていたら治るということになっており、死神を騙すときにも、医者は4人の男に命じて寝台を反転させます。更に、この話では「薬草」や「薬」を与えることもなく、思いつきのいいかげんな処方をして、それで病人は、けろけろと治る。となっています。これらは落語の「死神」と同じ設定です。
 しかし、この話でも、医者の能力を授けられるのは、子供の方です。また、この死神は「女」として描かれています。しかも、この話は途中で終わっており、命のロウソクの話は出てきません。

 グリム童話については、版を重ねるごとに話が変わっているようですので、それぞれの版ごとに調べる必要があるようです。この他、世界中には沢山の類話があるので、この落語の原話を特定するのはちょっと無理かも知れません。

2001/03/03


以上から、落語の「死神」の基となった、話を想定してみたいと思います。

1.死神の名付け親。(a)貧しい男は子どもの名付け親を探していて、途方に暮れ、「死」という言葉を発すると死神が現われる。(b)死神は、子どもの名付け親になる。

2.死神の贈り物。(a)死神は男に、病人の生き死にを言い当てる方法を教える。(b)死神が病人の枕もとにいるとき、その病人は助からないが、死神が足元にいれば病気は治る。

3.散財。(a)男は病人の生き死にを言い当てて、金持ちになる。(b)そして金を散財する。

4.再度医者を始める。(a)無一文になった男は、以前、死神と出会った場所へ行く。すると死神が現われる。(b)そしてまた死神の援助を受けて医者を始める。

5.騙された死神。(a)男は、ベッドの四隅を4人の男に持たせて、病人の頭と足を反転させて、死神を出し抜く。(c)男は大金を手にする。

6.寿命のロウソク。(a)腹を立てた死神が男を寿命のロウソクのある場所へと連れて行く。(b)男のロウソクはとても短くなっている。(c)それは、大金と引き換えに自分のロウソクを病人に与えてしまったからだ。(d)男は長いロウソクを接ごうとするが、プツと消えて死ぬ。

2001/06/08

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