古典落語『お神酒徳利』について

 お神酒徳利は、古典落語の中でもかなり有名な話だと思います。粗筋は次のようです。


お神酒徳利

 刈豆屋という旅籠の年に一度の大掃除の時、通いの番頭の善六は、店の先祖が殿様から頂戴したお神酒徳利が台所に転がっているのを見つけて、仕舞うところがないので水がめの中に入れ、そのまま忘れてしまう。後で徳利がないと大騒ぎとなり、善六は家に帰ってから水がめの中に入れたことを思い出す。だが、今さら自分が入れたとは言えない。そこで女房の知恵で、占いをする振りをして見つけ出す。

 すると、そこに泊まっていた、鴻池の支配人が、鴻池の娘が病気なので、ぜひ善六に占ってもらいたいと申し出る。善六はしぶしぶ承知して、大阪へ向うこととなる。途中神奈川宿で、宿に泊まるのだが、数日前に、財布がなくなったという騒ぎがあり、これを占い出してくれと、宿屋の主に頼まれる。善六は占いなどできないので、部屋にはだれも入れないようにして、逃げ出そうとすると、女中がこっそりやってきて、自分が盗んだと白状する。善六は、隠し場所が、庭の稲荷神社の社だと聞くと、宿屋の主を呼び寄せ、そろばんで占うふりをして、財布のありかを教える。

 それから大阪へと行き、善六は、苦しいときの神だのみで、水ごりをすると、神奈川宿の稲荷大明神が夢に現れ、鴻池家の乾の隅の柱の四十二本目の土中に観音像が埋もれているから、これを掘り出してあがめれば、娘の病気は治るとお告げがあり、夢の通りに掘ってみると観音像が出てくる。こうして娘の病気は全快する。


この落語によくにた話が、グリム童話にあります。


KHM98 何でも知っている医者

 むかし昔のこと、カニと呼ばれている貧しい農夫がいました。彼は、二頭の牛に木材を積んで町へと運んで行きました。そして、それを医者に2ターレルで売りました。医者が金を数えて支払っているとき、ちょうど、食事中だったので、農夫は、医者の食べ物や飲み物が素晴らしいのを目にして、そんな生活が羨ましく、自分も医者であったならば、どんなによいかと思いました。

 農夫は、しばらくそこに突っ立ていましたが、意を決して、「自分も医者になれないでしょうか?」と医者に聞いてみました。
「ああ、なれるとも」医者が言いました。「すぐにでもなれるぞ」
「何をすればよいでしょうか?」農夫が尋ねました。
「まずはじめに、オンドリの絵が表紙にあるような、アイウエオの本を買えばよろしい。二番目に、荷馬車と二頭の牛を金にかえ、衣裳や、その他、医者として相応しいものを手に入れるのだ。三番目は、『わたしは何でも知っている医者である』という看板を作って、ドアの上に釘で打ちつけることだ」

 農夫は、言われたことを全て行い、人々の診察をはじめました。それからいくらもたたないある日のこと、金持ちで力のある領主が、お金を盗まれました。すると、この領主は、『どこそこの村には、何でも知っている医者がいるので、その医者ならば盗まれた金の行方も分かるに違いない』と言われました。そこで、領主は、馬車を仕立てて、その村へと出掛けて行きました。

「あなたが、何でも知っているお医者さんですか?」領主が尋ねました。
「はい。そうです」と農夫が答えました。
 すると領主が言いました。
「わたしと一緒に来て、盗まれた金を取り戻してください」
「わかりました。しかし、妻のグレーテも一緒でなければなりません」

 領主は、二人を馬車に乗せると、出掛けて行きました。一行が城へとやって来ると、食事の用意がされており、農夫のカニは、テーブルについて食事をするようにと、勧められました。
「わかりました、でも、妻のグレーテも一緒でなければなりません」彼はそう言って、妻と一緒にテーブルにつきました。

 最初の給仕が、上品なご馳走を運んでくると、農夫は妻をひじでついてこう言いました。
「グレーテや、これが最初だよ」 
 農夫がこう言ったのは、『これが最初の皿を運んできた給仕だよ』という意味だったのですが、給仕は、『これが、最初の泥棒だ』と言われたのだと思いました。そして実際に、この給仕は最初の泥棒だったのです。給仕は恐れおののき、部屋の外の仲間に、「大変だ。あの医者はなんでも知っているぞ。奴は、俺のことを最初の泥棒だと断言したのだ」と言いました。

 二番目は尻込みしていましたが、どうしても行かなければなりませんでした。そこで、皿を持って入って行くと、農夫は妻をひじでついて、こう言いました。「グレーテや、これが二番目だよ」
 給仕は同じように言い当てられたので、いてもたってもいられず部屋を出て行きました。三番目も同じ目に合いました。農夫はまたもや、グレーテに、「これが三番目だよ」と言ったからです。

 四番目は、蓋をした皿を運ばなければなりませんでした。すると領主は医者に、その中に、何が入っているか言い当てて、その能力を見せてくれるようにと言いました。
 実は、その中にはカニが入っていたのですが、医者は、皿を見ても、何も思い浮かばないので、「ああ、カニもかわいそうに」と自分のことを嘆きました。
 領主はこれを聞いて、大声をあげました。
「これが分かるのならば、金のありかも分かるに違いない」
 給仕たちはひどくおびえて、医者にちょっと外へ出てもらいたいと合図を送りました。そこで、彼がやってくると、四人は、自分たちが金を盗んだことを白状し、「もし黙っていてくれるならば、その金はお返しするし、その上、大金を差上げる」と言いました。そして、「もし、言いつけられたら、自分たちは絞首刑にされてしまう」と、泣きつきました。

 四人は、金の隠してある場所に、医者を連れて行きました。これに満足した医者は、広間へと戻り、テーブルにつくと、「領主様。今から、この本で、金が隠されている場所を探してみましょう」と言って、静かに椅子に座りました。そして、アイウエオの本を開くと、ページを前後にめくり、オンドリの絵を探しました。しかし、なかなかオンドリが見つけられずにこう言いました。
「わたしは、お前がここに居るのは分かっているのだ。さあ出て来た方が身のためだぞ」
 実はこの時、五番目の給仕が、医者が他のことも知っているかどうか確かめようと、ストーブの中に入っていたのでした。給仕は、自分のことを言われたのだと思い、全身に恐怖が走り、「この人は、全てを知っている」と叫びました。

 それから、何でも知っている医者は、領主に、金の在り処を教えました。しかし、盗んだ者が誰かは言いませんでした。こうして、彼は、両者からお礼のお金をたくさん受け取り、そして名声を博したそうです。


両者の話はよく似ています。しかし、両者は直接には関係はないようです。というのも、これらによく似た日本の昔話が全国に分布しているからです。


日本の昔話 占い八兵衛

 むかし、貧乏な八兵衛さんという人があったそうな。あんまり米がないもので、ばあさんは菜っ葉をきざんで、米にまぜて、菜っ葉ばかりのような菜飯(なめし)を食べさせたそうな。八兵衛さんは、毎日毎日、菜飯ばかり食べさせられるのが嫌になり、菜飯をさせないようにと思って、包丁を屋根裏に隠してしまったそうな。
 晩になって、ばあさんが御飯にしようと思っても、包丁がない。困ったことだと思って、いくら捜しても、どこに置いたかも分からない。八兵衛さんが、「腹がすいたのに、御飯はまだか」と言うと、ばあさんは「米は無いので、包丁がなければ、菜飯もできない」と答える。八兵衛さんも、何も食べないわけにはいかないので、「それなら、わしが占ってやろう」と言って、易者のようなふりをして、箸を持って、ガサガサ、ガサガサやって考えて、「こりゃ、どこか高いところの、屋根裏かどこか、木の間のようなところにあるような。まあ、よく捜してみい」と言う。
 ばあさんが言われたところを捜すと、勝手口の屋根裏にあった。

 翌日、ばあさんは、近所へ行って、「うちの八兵衛さんは、あれでも、なかなか易が上手だ。わしが、包丁をなくしたら、占って、ピシャリと、当てた」と自慢した。
 その話が次から次へと広がって、近所の大分限者の奥さんが、かんざしがなくなって、なんぼ捜しても見つからない。そんならひとつ、八兵衛を呼んで、占わせてみよう。ということになり、女中が使いに出された。女中は、顔色を悪くして、心配げな顔をしてやって来てこう言った。
「八兵衛さん、八兵衛さん、助けておくれ」
「どんなことだね」
「奥さんのかんざしがなくなって、『あんたへ頼んで、占ってもらえ』と言いなさる。頼みに来たけど、ありゃわしが、ほしくてたまらなくなり、盗ったんだけど、あんたに言われちゃ、どうも、わしの身が立たない。なんとか助けもらえまいか」
「ほんなら、どっか、箪笥の後ろにでも隠しとけ、わしがええ具合に言うてやる」
 八兵衛さんは、その家へ行き、大変なもてなしを受けると、箸をもって、ゴソゴソ、ゴソゴソ占っているようなふりをして、考え込んで、「箪笥の後ろかどっか捜してみんさい」と言う。奥さんが、「そういえば、箪笥の後ろは見なかったかもしれない」と言って、箪笥をとって見たら、箪笥の後ろにあったそうな。こうして、八兵衛さんの占いは、大変な評判になった。

 その時、殿様が目を悪くして、どの医者に診てもらっても、祈祷しても、治らない。家来はみな心配していると、ちょうど、八兵衛が、大変占いが上手だということを聞いて、それなら、八兵衛を呼んで来いということになって、家来が駕籠をもって、迎えに来た。八兵衛は、駕籠に乗って、「行ってから何と言えばよかろうか」と思って、考え考え行ったが、名案は浮かばない。とうとう城の門口まで来てしまった。
「ちょっと待ってくれ」八兵衛はそう言って、駕籠を待たせて、「小便するからちょっと待ってくれ」と言って、あれこれ考えていると、ちょうど門口に橋があって、その橋の下に、古狐が棲んでいて、その狐が、下で話をしている。
「とても八兵衛だって、あんなことは、よう当たるまい。殿様が築山(つきやま)を作るのに、泉水を埋めて、松を植えられてから、松の根が、池の主の鯉の目に入っとる。あれをとって、もとのようにしになきゃ、治りゃせん」
 八兵衛は狐の話を聞いて、「こりゃ、ええこと聞いた」というて、殿様のところへ行って、大変なもてなしを受けて、色々考えたようなふりをして、先の狐の話していたことを、その通りに話した。そして、掘ってみたら、八兵衛の言う通りだった。
 殿様は大変喜んで、たくさん褒美を与え、八兵衛は分限者となって、殿様のお抱え易者ということになって、出世したそうだ。


 この日本の昔話は、「何でも知っている医者(Type 1641)」と、「動物の言葉を知る(Type 670番代)」という二つの話からなっています。後者の、「動物の言葉を知る」という話は、日本昔話の「聞き耳頭巾」や、グリム童話KHM17の「白へび」などでおなじみのモチーフです。
 ですから、お神酒徳利の、「稲荷大明神の狐が、善六の夢に現われてお告げをする」といモチーフも、元々は、日本昔話のように「狐の会話を耳にする」という話であったように思われます。

 ところで、この日本昔話の類話に次のような話があります。


日本昔話 鼻かぎ名人

 助太郎という物を嗅ぎ出す名人がある。大名が秘蔵の太刀をなくしたので頼まれる。困って野糞をしていると、悪心の家来があの太刀は蔵の巽の地下に埋めてある、助太郎にはかぎ出せまいと話して通る。助太郎は、わざと嗅ぎ出すようにして太刀を掘り出して褒美をもらう。


この話の、「ある方角に埋めてあるものを掘り出す」というモチーフは、お神酒徳利と関連があるように思えます。更に、「野糞」という観点から、14世紀のイタリアのポッジョの話を見てみたいと思います。


ポッジョの笑い話 丸薬作り

 ある町に、学識豊かな医者が住んでいた。彼には若い召使が一人いて、彼の指示した通りに、丸薬を作っていた。この若者は、師匠と長いこと暮らし、丸薬を完璧に作れるようになると、師匠の許を離れ、知らない国へと行った。そして、その地で知られるようになると、自分は、どんな病気にも効く薬を処方することのできる、博識な医者であると人々に思わせた。そして、彼の許へとやって来る者には、必ずいつもの丸薬を与えた。

 ある日のこと、その土地に住む貧しい男がやって来て、ロバがいなくなってしまったのだと泣きついた。そして、どうか、ロバを見つけ出す薬を処方してくれるようにと懇願した。そこで彼は、いつもの丸薬を与えてこう言った。
「さあこの薬を飲むのだ。そうすれば、ロバは見つかるぞ」 こうして、貧しい男は丸薬を飲み、ロバを見つけるために、野原や牧草地を探した。すると、腹の中で丸薬が効いてきて、彼は排便せずにはいられなくなった。そこで、彼は葦の中へと入って行って、用を足してすっきりした。するとそこに、ロバがいた。彼は喜び勇んで、町へと駈けて行くと、「医者からもらった薬を飲んで、ロバを見つけた」と宣伝して回った。このことが知れ渡ると、単純な人々は、本当は、丸薬を作る外は何も知らないこの男を、大変な賢者だと考えた。

 このように、多くの馬鹿者が、しばしば賢人とみなされる。なにせ、彼はあらゆる病気を治し、ロバでさえ見つけることが出来ると思われたくらいだから。


 この話は、更に1世紀頃のローマのパエドルスの話にまで遡れそうです。


パエドルスの寓話 医者になった靴屋

 ある靴屋が、仕事がうまく行かなくなり、窮乏すると、やぶれかぶれになって、知らない町へ行き、医者をはじめた。そして、あらゆる毒を消す解毒剤であると称して、一粒の薬を売った。彼は大げさに宣伝したので、大変有名になった。ところが靴屋は、自らが重病になってしまった。これを不審に思った町の長が、彼の腕前を試してみることにした。彼は、水の入ったコップを用意させると、例の解毒剤と毒とを混ぜ合わせるふりをして、褒美をやるからこれを飲むようにと、靴屋に命じた。
 靴屋は死ぬのを怖れて、自分には医学の知識は全くなく、単に民衆が騒いだから、有名になったに過ぎないと白状した。そこで、町の長は、議会を召集して、市民に言った。
「君たちは、なんと愚かな過ちを犯したことか! 足に履く靴も造らせなかった男に、頭を委ねたのだからな」


このパイドルスの話と大変よく似た偽医者の話が、アラブの話にあります。


カリーラとディムナ 無知な医者と王女 p127 平凡社東洋文庫 菊地淑子訳

「スィンドという町に、学識のある名医が住んでいたそうであります。この医師の死後、人びとは彼の書物を読んで、多くの知識を得、それを有効に役立てておりました。あるとき医者と名のる、しかも名医と自称する男が現れました。しかし実はなにもできなかったのであります。

ところで、その国の王が非常に愛していた王女が身ごもって、ある日陣痛が起こり、分娩の兆候を感じるということがありました。国王は医者を呼びにやりました。使者たちは、王城から一パラサンジュ離れたところで、一人の学者に会いましたが、見たところ、盲人でありました。彼らが学者に王女の苦しんでいる様子を話すと、ザーマフラーンという薬を飲ませるように指示しました。

かくてこの薬を調合するために医者を探させることになりましたが、そのときに呼ばれて来たのが、例の無知な男であります。彼は学問に造詣が深く、とくに薬とその調剤について詳しい知識をもっていると自己紹介をしました。王は、亡くなった名医が薬品を入れておいた小さな籠を幾つももって来させて、男の前に置かせました。男はその籠の一つから、毒薬の入っている革袋を取り出したものとを混ぜて、デーマフラーンを調合したつもりになりました。余り手早く調剤を終わったので、王はさすがに大した知識だと考え、宝石と高価な衣装を与えるように命じました。男は薬を姫君に飲ませました。するとたちまちのうちに姫君の腸が千切れ、間もなく死んでしまいました。父王は医者に、調合した薬を自分でも飲んでみるように命じました。医者はそれを飲み、同様に死んだということであります。

註: カリーラとディムナは、インドのパンチャタントラがアラブに伝わった話であるが、「無知な医者と女王」の話は、パンチャタントラには見当たらない。


今昔物語には、医者が毒を盛る話もあります。


今昔物語 4.32 震旦(しんだん)の国王の前に阿竭陀薬(あかだやく)来る語

 震旦の国王に皇子があったが、その皇子は容姿美しく、気立ても優れていた。しかし、この皇子が病気にかかり、治る気配がなんかった。
 そのころ、大臣の任にある優れた医師がいた。ところが、国王はこの大臣と大変仲が悪かった。それでも皇子のためと思って、大臣を呼んだ。
 大臣は喜んで参上して、皇子を見るや、薬を用意するといっていったん退出し、即刻薬を持って参内した。国王はこの薬を手に取って見て、「この薬の名は何というぞ」と尋ねた。実を言えば、これは猛毒であったのだ。大臣は薬の名前を尋ねられ困り、ただなんとなく、「これは阿竭陀薬(あかだやく)と申します」と答えた。国王は阿竭陀薬と聞いて、「その薬を飲んだ者は死ぬことがないという。それを鼓に塗って打つと、その音を聞く者はすべて病気が治ると聞いている」と深く信じて、皇子に飲ませた。すると皇子の病気は立ちどころに平復した。

 大臣は家に帰っていて、「皇子はすぐに死んだだろう」と思っていると、即座に治ったと聞き驚いた。
 夜になって、国王の部屋の戸を叩く者がある。国王は怪しんで何者かと尋ねると、「阿竭陀薬が参上いたしました」と答える。国王が戸を開けてみると、美しい若い男女がいた。
 それが国王の前にひざまずき、「私は阿竭陀薬です。今日、大臣が持って来たのは毒でした。大臣は皇子様を殺そうとしたのですが、国王様が『この薬の名は何というぞ』と尋ねたので、大臣は出まかせに『これは阿竭陀薬です』と言ったのが、かすかに蓬莱に聞こえたので、私は、『阿竭陀薬を飲んだ者はたちまち死ぬのだ、などと思わせまい』と考え、自分がやって来て、毒の代わりに飲まれたのです。このことを申しあげようとやって参ったのです」と言うやいなや消えうせた。
 国王はこれを聞くと、大臣を呼んで問い質すと、大臣は一切を白状した。そこで大臣の首は斬られた。その後、皇子は病気におかされることなく、長く健康を保った。これは阿竭陀薬を服用したためである。

註: 震旦は、中国のこと。


 お神酒徳利とは、全く違う話になってしまいましたが、お神酒徳利も、もしかすると元々は、偽医者の話だったのかもしれません。


参考:
Type 1641 何でも知っている医者
古典落語『お神酒徳利』
グリム童話 KHM98 何でも知っている医者
日本昔話通観タイプインデックス 732A にせ占い---僥倖型
日本昔話通観19-378 占八兵衛
日本昔話通観16-359 鼻かぎ名人
The Fables of Poge The Florentyn

Type 670番代 動物の言葉がわかる
日本昔話通観タイプインデックス 111 聞き耳頭巾
日本昔話通観タイプインデックス 374 蛇の聞き耳
グリムKHM6 忠臣ヨハネス
グリムKHM17 白へび
グリム金田番号37 三いろの言葉

パエドルスの寓話 1.14 医者になった靴屋
カリーラとディムナ 無知な医者と王女 p127 平凡社東洋文庫 菊地淑子訳
今昔物語 4.32 震旦の国王の前に阿竭陀薬(あかだやく)来る語

ハンガリー民話集 オルトゥタイ 岩波文庫 38 靴屋
(この話には、野糞のモチーフや、げんこつの褒美のモチーフなど多くのモチーフが含まれており、大変面白い) 

2002/02/10

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