「ごん狐」の人気の秘密

 新美南吉の「ごん狐」は、大変人気の高い作品で、この話を読んで涙した人はたくさんいると思います。粗筋は次のようなものです。

 母親思いの兵十(ひょうじゅう)という若者が、病気の母親のために、ウナギを捕っていたのだが、そんなことを知らない、いたずら者のごん狐が、兵十が目を離したすきに、魚を逃がしてしまう。その後、ごん狐は、兵十の母親が病気で死んだのを知り、悪いことをしたと思い、兵十に木の実などを届けてやる。
 ある日のこと、ごん狐が兵十に木の実を届けようとやって来ると、兵十はごん狐の姿を見て、また、悪さをしに来たのだと思い、火縄銃でごん狐を撃ち殺してしまう。兵十がごん狐の許へ行ってみると、そこには、木の実がたくさん置かれており、自分の過ちに気づく。

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さて、このごん狐と、なんとなく似た話があるので、それを見てみたいと思います。


忠犬ゲラート Celtic Fairy Tales

 ルーウェリン王子には、大変お気に入りの犬がいた。この犬は、舅(しゅうと)のジョン王より贈られたものなのだが、グレーハウンド種で、名をゲラートと言った。ゲラートは家では、子羊のようにおとなしかったが、狩りの際には、獅子の如くに勇猛であった。ある日のこと、王子は狩りに出かけようと、城の前でラッパを吹き鳴らした。他の犬たちは皆、そのラッパの音を聞いて駆けつけたのだが、ゲラートだけはやってこなかった。そこで、王子は更に勢いよくラッパを吹き、そしてゲラートの名前を呼んだ。しかし、それでもゲラートはやってこなかった。ルーウェリン王子は、ついに業を煮やして、ゲラートを連れずに狩りに出かけて行った。その日の狩りは惨憺たるものだった。いつも、獅子奮迅の働きをするゲラートがいなかったからだ。

 王子は腹を立てて城へ戻った。王子が城門の前にやってくると、ゲラートが王子を慕って飛び出して来た。しかし、ゲラートが側までやってきたとき、王子はギョッとしてあとずさった。ゲラートの舌と牙から血が滴り落ちていたのだ。ゲラートは、主人の反応が思いがけなかったようで、恐縮したかのように足元に蹲った。

 ところで、ルーウェリン王子には、1歳の息子がいたのだが、王子の胸を、恐ろしい考えがよぎった。ゲラートはこの赤ん坊とよく遊んでいたのだ。王子は猛烈な勢いで赤ん坊の部屋へと向かった。部屋に近づくごとに、たくさんの血が飛び散り、物はそこらじゅうに散乱していた。王子が、部屋に飛び込むと、べっとりと血のついた赤ん坊の揺りかごがひっくり返っていた。

 ルーウェリン王子の懐いていた恐れは、どんどん現実のものとなっていった。王子は赤ん坊を血眼になって捜した。しかし、血塗られた凶行の跡が見つかるばかりで、赤ん坊の姿はどこにもなかった。この期に及んで、王子はゲラートが赤ん坊を殺したことを確信した。そして犬に向かって叫んだ。「この化け物め! 汝は、わが息子を食らいおったな!」
 王子はこう言うなり、剣を抜くと、グレーハウンドの脇腹に突き刺した。ゲラートは、深い唸り声を上げて崩れ落ちた。しかしそれでも彼は、主人の目を見つめていた。

 ゲラートが死の床に就こうとして、一声鳴いた時のことである。揺りかごの下からそれに応えるかのように、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ルーウェリンは、赤ん坊が無事であることを知った。赤ん坊はたった今、眠りから覚めたところだったのだ。そして、赤ん坊のすぐ脇には、バラバラに引き裂かれて、血まみれになった恐ろしく大きな狼が横たわっていた。ルーウェリンは、自分が留守をしている間に何があったのかを悟った。しかし気づくのが遅すぎた。ゲラートはこの子を守るために後に残ったのだ。そして、彼の息子を食らおうとした狼と戦って、やっつけたのだ。

 ルーウェリンは嘆き悲しんだが無駄であった。この忠犬を生き返らせることはできないのだ。ルーウェリンは、城壁の外側の、峨々たるスノードン山の見える場所に彼を埋葬した。ここを訪れる人は、皆、彼の墓に参り、そして石を積み上げるので、そこは巨大なケルンとなっている。そして今日でもその場所は、「ゲラートの地」あるいは、「ゲラートの墓」と呼ばれている。


両者はなんとなく似ているのですが、次のような違いもあります。

   ごん狐 ゲラート 
設定  いたずら者の狐 忠犬
伏線  兵十のうなぎを逃がしてしまう。  狩りの時に姿を見せない。 
その後 以前を悔いて、兵十に贈り物をする。  主人の子供を守るために、狼と戦う。 
結末 悪さをしに来たと思われて殺される。 子供を食ったと思われ殺される。

 ごん狐は、いたずら者だったのですが、改心して兵十に尽くしてやります。しかし、兵十はそうとは知らずに、ごん狐を殺してしまいます。一方、ゲラートは終始一貫して忠犬であり、全ては王子の誤解によりゲラートは殺されてしまいます。
 両者には以上のような違いはありますが、私たちが心打たれるのは、「本当はよいことをしたのに、誤解されて殺されてしまう」という結末です。

 ところで、ごん狐は、新美南吉の昔話風の創作童話ですが、忠犬ゲラートの物語は、過去に実在したルーウェリン王子にまつわる物語ですから、これは、民話や昔話ではなく、伝説というジャンルということになります。
 しかし、このルーウェリン王子の話も時代が下がると次のような話へと変化します。


農夫と彼の犬 (イソップとその他の物語)

 農場の囲いの破れ目を修繕しようと出かけて行った農夫は、家に帰って来て、赤ん坊を寝かせていた揺りかごが逆向きになって、衣服は引き裂かれ血塗れになっているのを発見した。そして、彼の犬がその近くで横になり、血塗れになっていた。彼はとっさに、この犬が子供を殺したのだと思い、手に持っていた斧で犬の頭を叩き割った。ところが、彼が揺りかごに戻ると、子供は怪我もなく、巨大なヘビの死体が床に転がっていた。彼の息子を助けようと、忠実な犬が、彼の勇気と忠誠心を奮い立たせて殺したのだ。本来、彼の行いは賞賛されるべきものであったのだ。この胸を締め付けるような出来事から、彼は、一時の激情に任せて盲目的な衝動に突き動かされるという、軽率すぎる行動が、いかに危険であるかという痛烈な教訓を得た。


 ここでは、ルーウェリン王は名も知らぬ農夫となり、グレートハウンド種のゲラートは農夫の飼っている単なる犬と卑属化してしまい、軽率な行動を誡める寓話となっています。このように、物語とは、時代とともに、その形態を変えてしまうことはよくあることなのですが、実はこれらの話も元々は次のような話がベースになっています。


婆羅門の妻とマングース(パンチャタントラ)

 昔むかしのこと、デヴシャルマというバラモンがいた。彼は結婚し、そして、妻は子を産んだ。それと時を同じくして、雌のマングースも子を産んだ。しかし、雌のマングースは死んでしまった。バラモンの妻は、マングースの子を哀れに思い、面倒をみてやることにした。彼女は自分のお乳もこのマングースに与えてやり、我が子と同じように面倒をみてやった。

 ある日のこと、バラモンの妻は、夫に子供の面倒を見ていてくれるようにと頼んで、水を汲みに出かけた。しかし、それからしばらくすると、バラモンも托鉢に出掛けてしまった。子供は一人取り残された。両親が留守中に、ブラックコブラがやってきた。マングースは、この敵を見つけると、激しく戦って、ついにコブラを倒した。マングースは、自分の兄弟(バラモンの息子)の命を守ることができて大満足だった。マングースは、ドア先に立って、バラモンとその妻の帰るのを待った。

 バラモンの妻は家に帰ってきて、マングースの口が、血で汚れているのを見た。彼女はマングースが息子を殺したのだと思った。彼女は怒りにまかせて、もっていた水壷をマングースの頭に叩きつけて殺してしまった。彼女は家の中に入ると、息子が、ベッドの上で遊んでいるのを見つけて、嬉しさで一杯になった。そして、一匹のコブラがベッドの下に横たわっているのを見つけた。彼女は全てを理解した。彼女は今度は、嘆き悲しみはじめた。彼女は、息子の命を救ってくれたマングースを殺してしまった自分を呪った。


 このように、インドの説話パンチャタントラが西洋に渡り、それが、紆余曲折の末、ルーウェリン王にまつわる伝説となり、それが、更に寓話へと変容しています。また、アラビアンナイトにも、シンディバッド王の鷹の話 として取り入れられています。
 ところでインドでは、作物の種を蒔く祭りの時に、マングースの絵を飾ったり、マングースの人形を作ってこれを拝み、そしてこのマングースの物語を語るそうです。この祭りの時に、女の人がこの物語を聞くと、その人は、一生幸運に恵まれる男の子が授かると信じられているそうです。 と、すると、この話は、神話としての要素も含まれていることになります。

 次に日本に伝わる類話を見てみたいと思います。


いさや川の狩人の事。(三国伝記 二巻第十八話)

 むかし、江州(ごうしゅう)の、いさや川のほとりに、狩人が住んでいた。彼は弓を射て山の鹿を殺し、菩提を求めることもなく、家に犬を飼って、煩悩を厭わなかった。昼は、ちどりが岡で、うららかな春の日を過ごし、夜は、とこの山で、煌々たる秋の夜をあかした。この辺りは山が深く、鬱蒼としており、林は茂って深深としている。

 ある時、猟師は林に入り、獣を射ようとしたのだが、日が既に暮れてしまった。人里へ出るには遠いので、朽木のもとに立ち寄り、弓と鏃を置いて、夜を明かすことにした。その時狩人は、"こしろ丸"という、名犬を連れて来ていたのだが、どういうわけか、この犬が、主人に向って吠え立てる。猟師は、これを叱りつけたのだが、猶も飛び上がりながら、吠え立てるので、猟師は刀を抜き、犬の首を斬り落とした。すると、その首は、朽木の上に飛び上がり、大蛇が、猟師を呑もうとして、口を開いていた、その咽喉笛に噛みついて、食い殺した。狩人は、これを見て驚いて悲しんだけれども、せんかたなかった。そこで、そのところに社を建てて、この犬を神とあがめた。
 今の、犬神の明神はこれである。この場所を犬神の郡と言うのもこのためである。

江州: 現在の滋賀県。


 この話は、日本の昔話としても日本全国に分布しており、切られた首が、飛んでいって敵を倒すという話になっていることが多いようです。 映画の「もののけ姫」にも、「山犬は、首を切られてからも首だけで、敵に襲い掛かる」というモチーフが使われていましたが、おそらくこれらの昔話が参考にされているのだと思います。また、 手塚治虫の「鳥人体系」という漫画にも、「首を切られた"鳥人"が嘴で切った男の胸を刺して殺す」というモチーフが使われています。また、ラフカディオ・ハーンの怪談には、「斬首された男が、石にかじりつく」という話があります。全文はこちら

 新美南吉が「ごん狐」を書くのに、これらの話を参考にしたかどうかは分かりませんが、「ごん狐」は、日本人だけでなく、世界の人々に感動を与えることのできる、名作であることは間違いないと思います。

 さて、今まで見てきた話では、どれも皆、主人公の動物は、「誤解により殺されてしまう」のですが、ひとつだけこれに反する話があります。


陸奥国の犬山の犬が、大蛇を食い殺した話(今昔物語二十九巻三十二話)

 今は昔、陸奥に貧しい男が住んでいた。家で何匹もの犬を飼っていて、いつもその犬たちを連れて深い山に入り、猪や鹿を追わせて食い殺させて獲物とするのを生業としていた。犬たちは猪や鹿を食うのが習慣となっていたので、主人が山へ入れば、皆勇んで、後先にとついて行く。このような仕事を、世間の人は、犬山と呼んでいた。

 男は、いつものように、犬たちを連れて山に入った。以前から食糧を持って、二.三日山で過ごすことがあったのだが、ある夜のこと、大きな木の空(うろ)の中に入り、傍らにそまつな弓、やなぐい、太刀などを置き、前には火を焚き、犬たちは皆、回りで臥していた。この犬の中に、何年も飼われた殊に賢い犬がいた。夜が更けると、他の犬たちは皆寝ているのに、この犬だけ俄かに起きて、主のいる木の空へと走ってきて、ある方向に向かって激しく吠えた。主は何を吠えているのかと思って、左右を見てみたが、何も不審なものはない。犬は尚も吠えるのを止めず、しまいには主に向かっておどりかかって吠えたてた。主は驚いて、「不審なものもいないのに、私に向かっておどりかかって吠えるとは、獣は主人の見境もつかぬものなので、人気のない山中だと思い、私を食おうとしているのだな。切り殺してやる」と思い、太刀を抜いておどしたが、犬は吠えるのを止めるどころか、おどりかかって吠えたてる。

 主人は、「このような狭い空にいて、こいつに食いつかれては分が悪い」と思い、木の空より外に飛び出した。と、その時、犬は、空の上のにおどり上がり何かに食いついた。この期に及んで、主人は、犬が自分を食おうとして吠えているのではないことを悟り、犬が何に食いついたのかと確かめようとすると、空の上から恐ろしいものが落ちてきた。犬は逃さずに食いついている。それは太さが六.七寸もあり、長さが二丈余りもあるような蛇であった。蛇は犬に頭を食われて、堪えきれずに落ちたのだ。主人はこれを見て、恐怖に駆られたが、犬をいとおしく思い、太刀で蛇を切り殺した。すると、犬は離れていった。

 驚いたことに、高い梢の空の中に、大きな蛇が住んでいたのだ。それを知らずにその木で宿っているところを、蛇はぐい呑みにしてやろうと垂れ下がったのだ。その頭を見て、この犬はおどりかかって吠えたのだ。主人はそれに気づかず、上を見なかったので、犬が自分を食おうとしていると思って、太刀を抜いて殺そうとしたのだ。もし殺していたらどんなに後悔したことだろうと思って、寝られずにいると、夜が明けて蛇の太さと長さを見て、生きた心地がしなかった。もし、知らずに寝てしまい、下りてきたこの蛇に巻きつかれたら、どうしようもなかっただろう。この犬は大したものである。そしてこの世では得がたい宝であると思い、犬を連れて家に帰った。

 これを思うに、もし犬を殺していたならば、犬も死に主人もその後、蛇に呑まれていたであろう。であるから、こういうことをよく考えて、心を落ち着かせて、物事に当たらなければならない。このような珍しいこともあるものだと語り伝えたということだ。


参考:
Type 178A ルーウェリンと彼の犬 (バラモンとマングース)
Type916. キングの寝室を守る兄弟たちとヘビ。II.(a)バラモンとマングース。(c)鷹と毒の水。

ゲスタ・ロマノールム  XXVI. CESAR THE EMPEROURE.
(HOW A GREYHOUND SAVED A CHILD FROM A SERPENT.)Harl. MS. 7333.

イソップとその他の話 THE FARMER AND HIS DOG.

パンチャタントラ p431 マングースを殺した女 (田中於莵・上村勝彦訳 大日本絵画)
ヒトーパデーシャ p250 ナクラと婆羅門の話 (金倉圓照・北川秀則訳 岩波文庫)
カリーラとディムナ p212 信心家といたち (菊地淑子訳 東洋文庫)

その他 ユダヤの物語 捜神記 日本昔話 etc.

2001/11/20

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